/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
| さて……第一次世界大戦時、イギリス以外の戦車事情はどうなっていたのでしょうか。
| この講義ではフランス、ドイツ、アメリカなど他の大国の動向を見ていきましょう。
| この三国は、いずれも独自の戦車を開発することに成功していました。
| あくまでも開発に成功しただけで、それが実用的だったかどうかは別問題でしたがね。
\__ _________________________________
━━━∨━━━━━━━━━━━━━━━
,__
iii■∧ / (・) |ヽ
━ (,, ゚Д゚) / ━━━━━ ∧∧━━━━ 《 //|
| つ ∇ (゚Д゚,,) /_ V/レ'
| |┌─┐ /⊂ ヽ /⊂ ヽ
〜| ||□| √ ̄ (___ノ〜 √ ̄ (___ノ〜
∪∪ | | || ━┳┛ || ━┳┛
 ̄ ̄ ̄ ̄| | ====∧==========
/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
| みんな、イギリスを真似したのか?
\____ ∧
/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
| 時代はモータリゼーション一直線。
| 自動車というものを軍用に扱うってのは、どこの国の誰でも考えたことだ。
| 結局のところ、どれだけ実用できたかという差だな。
\_______________________________
/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
| ではまず、イギリスの同盟国だったフランスの動向を見てみましょう。
| イギリスでスウィントン大佐がアメリカ製トラクターを見て新兵器を発案していた頃と同時期の話です。
| フランスでは、エスティエンヌ大佐なる人物がアメリカの工場を見学していました。
| そこで見たのは、例によって砲の牽引に使われていたホルト・トラクター。
| エスティエンヌ大佐はこの車両に装甲を施し、戦闘車両に仕上げることを思い付きます。
| イギリスと同時期に同じ車両を見て、フランスでも戦車の研究開発がスタートしていたんですよ。
\__ _______________________________________
━━━∨━━━━━━━━━━━━━━━
,__
iii■∧ / (・) |ヽ
━ (,, ゚Д゚) / ━━━━━ ∧∧━━━━ 《 //|
| つ ∇ (゚Д゚,,) /_ V/レ'
| |┌─┐ /⊂ ヽ /⊂ ヽ
〜| ||□| √ ̄ (___ノ〜 √ ̄ (___ノ〜
∪∪ | | || ━┳┛ || ━┳┛
 ̄ ̄ ̄ ̄| | ====∧==========
/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
| ってことは、イギリスのをパクったわけじゃないのか。
\____ ∧
/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
| 同じ状況で悩まされ、同じ車両を見て、同じ結論に達したんだ。
| イギリスの方が、完成も実戦投入も早かったって話だな。
\__________________________
/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
| そこでエスティエンヌ大佐は上層部の許可を受け、シュナイダー社に戦闘車両の開発を依頼します。
| 自身も開発に参加し、1916年2月25日にはフランス初の戦車であるシュナイダー突撃戦車が完成。
| さっそく400両の生産が決定し、量産を進めるべく工場はフル稼働。
| それを眺めながら、苦々しい表情を浮かべている連中が存在していました――
\__ _______________________________________
━━━∨━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
・シュナイダー突撃戦車
フランス初の戦車。イギリスを真似た訳ではなく、同時期に計画が始まっている。
性能はイギリスの菱形戦車より良かったものの、機械的トラブルが続発。
特に燃料タンクからの発火が致命的で、生産もストップしてしまう。
・全長:6.32m ・全幅:2.05m ・全高:2.30m ・重量:14.6t ・乗員:6名
・最大出力:55hp ・最大速度:7.5km/h ・航続距離:75km ・装甲厚:5.5〜11.5mm
・エンジン:シュナイダー(直列4気筒液冷ガソリン)
・武装:13口径75mm加農砲×1、8mm重機関銃M1914×2
写真 写真 写真
,__
iii■∧ / (・) |ヽ
━ (,, ゚Д゚) / ━━━━━ ∧∧━━━━ 《 //|━━━━━━━━━━━━━━━━━
| つ ∇ (゚Д゚,,) /_ V/レ'
| |┌─┐ /⊂ ヽ /⊂ ヽ
〜| ||□| √ ̄ (___ノ〜 √ ̄ (___ノ〜
∪∪ | | || ━┳┛ || ━┳┛
 ̄ ̄ ̄ ̄| | ====∧==========
/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
| 例によって、戦車不要派の連中だな。
\____ ∧
/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
| そういう連中も当然ながらいただろうが、これに関しては別の話。
| この戦車の生産に不快感を示していたのは、フランス軍自動車管理局の連中だった。
| エスティエンヌ大佐は、彼らに一言も相談せずに事を進めていたんだよ。
\____________________________________
/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
| そんなエスティエンヌ大佐の行為に、自動車管理局のリメイロー大佐はカンカン。
| 「自動車は我々の管轄なのに、何の相談もないのは何事だ!」っていう縄張り争いですね。
| そういうわけでリメイロー大佐は我流の戦車を設計、4月8日にはサン・シャモン社に生産を命令します。
| こうして完成したサン・シャモン突撃戦車は、シュナイダー突撃戦車よりも数字の上では高性能。
| 重量があるにも関わらず速度性能で上回り、武装もサン・シャモン突撃戦車の方が強力。
| さらに、新機軸である電気式変速・操向装置を搭載しているという豪華な車両でしたが――
\__ _______________________________________
━━━∨━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
・サン・シャモン突撃戦車
フランスが開発に成功した2番目の戦車。
電気式の変速・操向装置を搭載しており、非常に画期的……
だったはずが、この新システムに故障が相次いで実用にならなかった。
シュナイダー突撃戦車よりも問題は多く、後に生産は中止される。
・全長:8.827m ・全幅:2.667m ・全高:2.362m ・重量:24t ・乗員:8名
・最大出力:90hp ・最大速度:8.52km/h ・航続距離:60km ・装甲厚:5.5〜17mm
・エンジン:パナール(直列4気筒液冷ガソリン)
・武装:36口径75mm加農砲M1897×1、8mm重機関銃M1914×4
写真
,__
iii■∧ / (・) |ヽ
━ (,, ゚Д゚) / ━━━━━ ∧∧━━━━ 《 //|━━━━━━━━━━━━━━━━━
| つ ∇ (゚Д゚,,) /_ V/レ'
| |┌─┐ /⊂ ヽ /⊂ ヽ
〜| ||□| √ ̄ (___ノ〜 √ ̄ (___ノ〜
∪∪ | | || ━┳┛ || ━┳┛
 ̄ ̄ ̄ ̄| | ====∧==========
/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
| 板書でネタバレしてるな。
\____ ∧
/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
| 発注された数は、シュナイダー突撃戦車と同じ400両。
| どっちも途中でキャンセルされたがな。
\_______________________
/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
| こうして陸軍には、完成したシュナイダー突撃戦車とサン・シャモン突撃戦車が続々と届きます。
| エスティエンヌ大佐は准将に昇格し、これらの戦車を配備した新設部隊の指揮官となりました。
| そして翌年の1917年4月にはシュナイダーが、5月にはサン・シャモンが実戦投入されましたが……
| その結果は、どちらも散々。故障が続出し、まともに戦うことすら不可能な状態となりました。
| 特にサン・シャモンの電気式変速・操向装置はすぐに壊れ、動けなくなったところをドイツ軍に狙い撃ち。
| どちらもほとんど戦局に貢献できず、フランスにおいて戦車不要論が大いに盛り上がります。
\__ ________________________________________
━━━∨━━━━━━━━━━━━━━━
,__
iii■∧ / (・) |ヽ
━ (,, ゚Д゚) / ━━━━━ ∧∧━━━━ 《 //|
| つ ∇ (゚Д゚,,) /_ V/レ'
| |┌─┐ /⊂ ヽ /⊂ ヽ
〜| ||□| √ ̄ (___ノ〜 √ ̄ (___ノ〜
∪∪ | | || ━┳┛ || ━┳┛
 ̄ ̄ ̄ ̄| | ====∧==========
/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
| まあ、ある意味予想通りだな……
\____ ∧
/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
| 特にサン・シャモン突撃戦車は、車体の形状自体に問題があった。
| キャタピラ部分が車体部分に比べて小さいので、車体部分がつっかえると行動不能になったんだ。
| どっちの戦車も、実戦に耐えうるものではなかった。
\_________________________________________
/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
| そんな散々な初実戦から2ヶ月ほど遡った、1917年2月のこと。
| エスティエンヌ将軍は訓練の過程で、そうなることをほとんど予期していました。
| そこで彼は、もっと軽量で運動性にも優れた戦車の開発を進めていたんです。
| こうしてルノー社のもと、ルノーFT17軽戦車と呼ばれる優良戦車が完成しました。
| 軽快な運動性を実現し、さらに360度全方向を攻撃可能な砲塔を搭載。
| 現代まで続く戦車スタイルの母体となった、極めて意義の深い戦車です。
\__ _______________________________
━━━∨━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
・ルノーFT17軽戦車
フランスのルノー社が開発した優良な軽戦車。
最初は機関銃を搭載していたが、後に砲搭載型がメインとなった。
この戦車を量産する為、今までのフランス戦車は全て量産が中止されている。
なお後期型は砲塔が鋳造製となり、FT18と呼称される。
第一次世界大戦後は15カ国以上の国に輸出され、各国の戦車開発の礎となった。
写真 写真 写真
,__
iii■∧ / (・) |ヽ
━ (,, ゚Д゚) / ━━━━━ ∧∧━━━━ 《 //|━━━━━━━━━━━━━━━
| つ ∇ (゚Д゚,,) /_ V/レ'
| |┌─┐ /⊂ ヽ /⊂ ヽ
〜| ||□| √ ̄ (___ノ〜 √ ̄ (___ノ〜
∪∪ | | || ━┳┛ || ━┳┛
 ̄ ̄ ̄ ̄| | ====∧==========
/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
|イギリスのMk.Aホイペット中戦車と、同じようなスタンスの車両だな。
\____ ∧
/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
| だが、こちらの方が業界に与えた衝撃は大きかった。
| この形状より合理的な戦車は、現代でも存在していないんだからな。
\_____________________________
/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
| 戦車運用そのものに難色を示していたフランス上層部も、FT17の試験結果を見るなり態度を一変。
| それまでの戦車の生産は全面ストップし、代わってFT17軽戦車300両の生産が決定します。
| こうして完成したFT17は実戦に投入され、極めて高い性能を示しました。
| 「戦車を産んだのはイギリスだが、完成させたのはフランス」とまで言われるほど。
| 文句なく第一次世界大戦における最優秀戦車であり、以後の基礎となった存在なんですよ。
\__ ______________________________________
━━━∨━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
ルノーFT17軽戦車
・全長:4.88m ・全幅:1.74m ・全高:2.14m ・重量:6.5t ・乗員:2名
・最大出力:35hp ・最大速度:7.72km/h ・航続距離:20〜35km ・装甲厚:8〜22mm
・エンジン:ルノー(直列4気筒液冷ガソリン)
・武装:8mm重機関銃M1914×1 or 21口径37mm戦車砲SA18×1
,__
iii■∧ / (・) |ヽ
━ (,, ゚Д゚) / ━━━━━ ∧∧━━━━ 《 //|━━━━━━━━━━━━━━━━━━
| つ ∇ (゚Д゚,,) /_ V/レ'
| |┌─┐ /⊂ ヽ /⊂ ヽ
〜| ||□| √ ̄ (___ノ〜 √ ̄ (___ノ〜
∪∪ | | || ━┳┛ || ━┳┛
 ̄ ̄ ̄ ̄| | ====∧==========
/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
| すごい!
\____ ∧
/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
| 各国は先を争うようにFT17軽戦車を購入し、自国の主力戦車に。
| フランスも自国向けに大量生産し、なんと1940年になっても残存。
| 当然ながら当時のドイツ戦車の相手にはならず、一蹴されてしまったがな……
\_________________________________
/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
| そうこうしているうちに1918年、大戦もいよいよ佳境の局面に入ります。
| そんな中、1919年にドイツに最終攻勢をかけるという連合軍共同計画が浮上しました。
| それに向けてエスティエンヌ将軍は、新鋭重戦車の開発を開始します。
| こうして1918年に完成したのは、全長10メートルを超えるバケモノ、2C重戦車。
| しかし10両が完成した時点で、最終攻勢を発動させる必要もなくドイツが崩壊してしまいます。
\__ ____________________________________
━━━∨━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
・FCM 2C重戦車
1918年に完成した大型重戦車だが、大戦終戦時に存在したのは10両のみで実戦投入はされなかった。
後にエンジンに改良が施され、戦間期を経て8両が第二次世界大戦にも参加。
しかし前線への輸送途中に鉄道が爆撃を受け、最終的には爆破処分せざるをえなかった。
なお1両のみエンジン、武装、装甲を強化され、この改造型は2Cbisと呼ばれる。
写真 写真
,__
iii■∧ / (・) |ヽ
━ (,, ゚Д゚) / ━━━━━ ∧∧━━━━ 《 //|━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
| つ ∇ (゚Д゚,,) /_ V/レ'
| |┌─┐ /⊂ ヽ /⊂ ヽ
〜| ||□| √ ̄ (___ノ〜 √ ̄ (___ノ〜
∪∪ | | || ━┳┛ || ━┳┛
 ̄ ̄ ̄ ̄| | ====∧==========
/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
| 全長10メートルって……でかっ!!
\____ ∧
/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
| 余りにも巨大すぎて、フランスが完成させた状態のままでは満足な装甲が不可能。
| しかしドイツ降伏後の1922年、ドイツ製の強力なエンジンに積み替えた。
| そういった改造を経て、ようやくまともに走るようになったんだ。
\__________________________________
/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
| たちまち2C重戦車は不要となり、その生産も10両の時点でストップ。
| 完成した10両を破棄するのも勿体なく、フランス陸軍は自軍の戦車として採用。
| うち1両は試験的にエンジン、武装、装甲を増強、2Cbisと呼ばれる改造型を生み出しています。
| そして約20年後に第二次世界大戦が勃発した時、なんと8両が残存していました。
| ドイツの電撃戦によりピンチに陥ったフランス軍は2C重戦車を投入しようとしたんですが……
| 輸送途中に鉄道が爆撃を受け、最終的には味方の手によって爆破処分させられています。
\__ ____________________________________
━━━∨━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
FCM 2C重戦車
・全長:10.27m ・全幅:2.95m ・全高:4.01m ・重量:70t ・乗員:12名
・最大出力:360hp ・最大速度:12km/h ・航続距離:160km ・装甲厚:13〜45mm
・エンジン:メルツェーデス(直列6気筒液冷ガソリン)×2
・武装:36口径75mm加農砲M1897×1、8mm重機関銃M1914×4
,__
iii■∧ / (・) |ヽ
━ (,, ゚Д゚) / ━━━━━ ∧∧━━━━ 《 //|━━━━━━━━━━━━━━━━━
| つ ∇ (゚Д゚,,) /_ V/レ'
| |┌─┐ /⊂ ヽ /⊂ ヽ
〜| ||□| √ ̄ (___ノ〜 √ ̄ (___ノ〜
∪∪ | | || ━┳┛ || ━┳┛
 ̄ ̄ ̄ ̄| | ====∧==========
/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
| 結局、戦場で活躍する日は来なかったのか。
\____ ∧
/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
| このデカさでは、前線に到着できたとしてもボコられて終わりだと思うが……
\________________________________
/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
| こんな風にフランスも、重戦車と軽戦車に分けて運用しています。
| これは第一次世界大戦時には十分に通用した運用法なんですが、そこからの発展はありませんでした。
| 重戦車は歩兵支援、軽戦車は騎兵的運用――これは歩兵・巡航戦車として発展させたイギリスとほぼ同一。
| そんな運用思想の元に戦間期を通じ、フランスは第二次世界大戦に突入します。
| そして痛い目に遭ったのはイギリスと同様なんですが、フランスはイギリスの数十倍ほど悲惨な目に遭いました。
\__ ___________________________________________
━━━∨━━━━━━━━━━━━━━━
,__
iii■∧ / (・) |ヽ
━ (,, ゚Д゚) / ━━━━━ ∧∧━━━━ 《 //|
| つ ∇ (゚Д゚,,) /_ V/レ'
| |┌─┐ /⊂ ヽ /⊂ ヽ
〜| ||□| √ ̄ (___ノ〜 √ ̄ (___ノ〜
∪∪ | | || ━┳┛ || ━┳┛
 ̄ ̄ ̄ ̄| | ====∧==========
/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
| 速攻で舞台から追われて、以後もいないものとして扱われたもんな……
\____ ∧
/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
| フランスが陸軍大国だったこと、時々でいいから思い出して下さい。
\____________________________
/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
| では次に、英仏の敵国であるドイツを見てみましょう。
| ドイツは実は、イギリスで研究中の戦車の存在はスパイを通じて知っていました。
| しかしこれは大して有効な兵器ではないという結論を出し、放置していたんです。
| そして実際にイギリス戦車が実戦投入されても、その戦略的な有効性は微妙とみなしていました。
| 確かに前線のドイツ兵士は驚いたものの、その実際の効果はぱっとしなかったんです――この時点では。
| こうしてドイツの上層部は、戦車不要論でまとまっていました。
\__ _________________________________________
━━━∨━━━━━━━━━━━━━━━
,__
iii■∧ / (・) |ヽ
━ (,, ゚Д゚) / ━━━━━ ∧∧━━━━ 《 //|
| つ ∇ (゚Д゚,,) /_ V/レ'
| |┌─┐ /⊂ ヽ /⊂ ヽ
〜| ||□| √ ̄ (___ノ〜 √ ̄ (___ノ〜
∪∪ | | || ━┳┛ || ━┳┛
 ̄ ̄ ̄ ̄| | ====∧==========
/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
| ドイツ、戦車を軽視してたのか。
\____ ∧
/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
| 軽視っていうより、この当時の戦車は実際にそこまで恐ろしいもんじゃなかった。
| ドイツは戦車の必要性を感じていなかったし、対戦車戦用の手段も確立されてたんだ。
| ドイツが見逃していたのは、戦車という微妙な兵器の途方もない発展性だったんだよ。
\____________________________________
/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
| しかし、前線の兵士達の「我が軍にも戦車をヲヲヲヲヲヲヲ……!」の声は無視できませんでした。
| そこで1916年11月、戦時省運輸担当第7課(A7V)という戦車研究組織が結成されます。
| この研究組織はアメリカのホルト・トラクターをベースに戦闘車両の開発を開始。
| そして1917年夏に完成し、組織名がそのまま付けられたのがA7V突撃戦車でしたが――
| 足回りはホルト・トラクターのを小改良して流用し、その上に車体となる箱を搭載。
| それに武装を積めるだけ積んだって感じの、実に大雑把な車両です。
\__ ____________________________________
━━━∨━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
・A7V突撃戦車
ドイツ初の戦車。実験的な要素も多いだけあって、余りパッとしない。
Mk.I戦車の装甲12mmに対し30mmの装甲を誇るが、その分重い。
その形状から、塹壕を超える能力が致命的に低かった。
「重装甲車両」というよりも、「移動要塞」といえる車両。
写真 写真
,__
iii■∧ / (・) |ヽ
━ (,, ゚Д゚) / ━━━━━ ∧∧━━━━ 《 //|━━━━━━━━━━
| つ ∇ (゚Д゚,,) /_ V/レ'
| |┌─┐ /⊂ ヽ /⊂ ヽ
〜| ||□| √ ̄ (___ノ〜 √ ̄ (___ノ〜
∪∪ | | || ━┳┛ || ━┳┛
 ̄ ̄ ̄ ̄| | ====∧==========
/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
| イギリスの戦車とも、後の戦車とも似ても似つかないな。
\____ ∧
/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
| 塹壕を乗り越えるのに適した形状をしておらず、とにかく欠陥も多い。
| これは試作車が完成した時点で分かってたことなんだが……
| これ以上生産を遅らせるわけにもいかず、量産に踏み切られたんだ。
\_____________________________
/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
| 設計者はヨセフ・フォルマー、第一次世界大戦時のドイツ戦車を手掛けていく重要人物です。
| なおこの車両には、A7Uと呼ばれる非武装の輸送型もあったんですが――
| 実際に生産されたのはほとんどが輸送型であり、むしろそっちの方を重視した雰囲気でした。
| 生産に移ったのは1917年12月と遅れ、生産数も戦車型が21両、輸送型が60両と余りにも少数。
| 1918年2月からドイツ戦車部隊の編制が本格化したんですが、所持戦車のほとんどがイギリス製。
| Mk.IV戦車やMk.V戦車、Mk.Aホイペットをメインに配備し、ドイツ製戦車A7Vはごく少数という事態に。
\__ ______________________________________
━━━∨━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
A7V突撃戦車
・全長:8.001m ・全幅:3.048m ・全高:3.292m ・重量:32.51t ・乗員:18名
・最大出力:200hp ・最大速度:12.8km/h ・航続距離:60km ・装甲厚:10〜30mm
・エンジン:ダイムラー165204 直列4気筒液冷ガソリン×2
・武装:26口径5.7cmゾコル加農砲×1、7.92mm機関銃MG08×6
,__
iii■∧ / (・) |ヽ
━ (,, ゚Д゚) / ━━━━━ ∧∧━━━━ 《 //|━━━━━━━━━━━━━━━━━
| つ ∇ (゚Д゚,,) /_ V/レ'
| |┌─┐ /⊂ ヽ /⊂ ヽ
〜| ||□| √ ̄ (___ノ〜 √ ̄ (___ノ〜
∪∪ | | || ━┳┛ || ━┳┛
 ̄ ̄ ̄ ̄| | ====∧==========
/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
| まるで、ドイツ上層部のやる気のなさを体現していたかのようだ。
\____ ∧
/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
| 劣勢で国家が傾き、経済もガタガタだったという背景があったとは言えなぁ……
| なおイギリス戦車とは違い、このA7Vは徹甲弾を搭載していた。
| 自分の方が後発なんだから、敵戦車に遭遇する可能性を考えるのは当然だな。
| これは史上初の戦車戦において、ドイツ側有利に進んだ理由でもある。
\_________________________________
/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
| てなわけで実戦投入されたA7Vですが、その形状から超壕性(塹壕を乗り越える能力)に難ありまくり。
| 機械的信頼性も低く、あんまり実用的な車両ではありませんでした。
| いっそイギリスのMk.IV戦車をコピーして製造しようという案が出たのですが……
| それでは時間とコストが掛かりすぎるということで、あえなくその案はボツに。
| そこでフォルマー博士は、Mk.IV戦車をベースにドイツ流菱形戦車の設計に取り組みます。
| こうしてA7Vの部品を流用しつつ完成したのが、A7V/Uと呼ばれる車両でした。
\__ _______________________________________
━━━∨━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
・A7V/U
A7Vの部品を流用しつつ、イギリスの菱形戦車を模倣して開発した戦車。
試作車は完成するものの、終戦の為に量産まで達しなかった。
写真
,__
iii■∧ / (・) |ヽ
━ (,, ゚Д゚) / ━━━━━ ∧∧━━━━ 《 //|━━━━━━━━━━━━
| つ ∇ (゚Д゚,,) /_ V/レ'
| |┌─┐ /⊂ ヽ /⊂ ヽ
〜| ||□| √ ̄ (___ノ〜 √ ̄ (___ノ〜
∪∪ | | || ━┳┛ || ━┳┛
 ̄ ̄ ̄ ̄| | ====∧==========
/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
| コピーもできなかったって……
\____ ∧
/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
| 部品の規格が違うんだから、技術力の問題とも言い切れない。
\__________________________
/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
| しかし試作車が完成した時点で1918年と、あまりにも遅い状況でした。
| いくつか新機軸が用いられていましたが、それでもベースとなったMk.IV戦車の方が優良。
| 足さらに回りの機械的不調に戸惑った上に、肝心のドイツが破滅一歩手前の状況。
| 結局のところA7V/Uは生産に移されず、そのまま計画は消え去ります。
\__ __________________________________
━━━∨━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
A7V/U
・全長:8.382m ・全幅:4.718m ・全高:3.2m ・重量:39.6t ・乗員:7名
・最大出力:210hp ・最大速度:12km/h ・航続距離:60km ・装甲厚:20〜30mm
・エンジン:ダイムラー165204 直列4気筒液冷ガソリン×2
・武装:26口径5.7cmゾコル加農砲×1、7.92mm機関銃MG08×4
,__
iii■∧ / (・) |ヽ
━ (,, ゚Д゚) / ━━━━━ ∧∧━━━━ 《 //|━━━━━━━━━━━━━━━━━
| つ ∇ (゚Д゚,,) /_ V/レ'
| |┌─┐ /⊂ ヽ /⊂ ヽ
〜| ||□| √ ̄ (___ノ〜 √ ̄ (___ノ〜
∪∪ | | || ━┳┛ || ━┳┛
 ̄ ̄ ̄ ̄| | ====∧==========
/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
| 間に合わなかったのか……
\____ ∧
/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
| 末期のドイツはボロボロだったからな。
\________________
/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
| そんな戦争終盤では、連合軍の戦車運用思想はドイツのさらに先を進んでいました。
| それは従来の重戦車と、軽快性を生かした軽戦車という二種類の戦車の共同運用。
| ドイツもさっそく見習い、フォルマー博士を中心にして重戦車と軽戦車の開発を始めました。
| 重戦車はA7Vが相当するんですが、さらにその巨大バージョンを発案。
| そんな新型重戦車がKワーゲンと呼ばれる車両なんですが、完成は間に合いませんでした。
| 10メートルの巨体に148トンという自重は、完成したとしても動かなかったでしょう。
\__ ___________________________________
━━━∨━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
・Kワーゲン
ドイツの開発した、陣地突破用の超重量戦車。その外見は、まるで巨大なローラーである。
2両が製作中だったが、そのまま終戦を迎えた。
・全長:12.978m ・全幅:6.096m ・全高:2.871m ・重量:148.t ・乗員:22名
・最大出力:1300hp ・最大速度:7.5km/h ・航続距離:不明 ・装甲厚:10〜30mm
・エンジン:ダイムラー直列6気筒液冷ガソリン×2
・武装:7.7cm加農砲×4、7.92mm機関銃MG08×7
写真
,__
iii■∧ / (・) |ヽ
━ (,, ゚Д゚) / ━━━━━ ∧∧━━━━ 《 //|━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
| つ ∇ (゚Д゚,,) /_ V/レ'
| |┌─┐ /⊂ ヽ /⊂ ヽ
〜| ||□| √ ̄ (___ノ〜 √ ̄ (___ノ〜
∪∪ | | || ━┳┛ || ━┳┛
 ̄ ̄ ̄ ̄| | ====∧==========
/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
| ロードローラーだッ!!
\____ ∧
/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
| 見たままだな。
\_______________
/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
| そしてドイツ版軽戦車として、LK-1と呼ばれる車両の開発も始まりました。
| これはイギリスのMk.Aホイペット中戦車をかなりパクった試作車両であり、あくまでも場繋ぎ。
| 本格的に運用する軽戦車は、このLK-1の発展型であるLK-2の予定でしたが――
| 結局のところ、どちらも試作の域を出ないままにドイツは降伏してしまいます。
| しかしこの車両はスウェーデンに流れ、それをきっかけにスウェーデンは国産の戦車を開発。
| それにアドバイザーとして参加したのは、ドイツの戦車技師達だったんです。
\__ ____________________________________
━━━∨━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
・LK-1
イギリスの戦車思想を真似て作ったドイツ製の軽戦車で、軽量な分大量生産に向く。
1918年に試作車が完成。簡単な設計で、市販自動車の部品が多く流用されている。
・LK-2
LK-1の改良版で、砲塔型と機銃搭載型の2タイプが存在。
傾斜した装甲を多用しているため、LK-1より耐弾性が上がっている。
終戦後に10両が完成し、スウェーデンにドナドナされた。
・全長:5.105m ・全幅:1.975m ・全高:2.493m ・重量:8.75t ・乗員:3名
・最大出力:55hp ・最大速度:18km/h ・航続距離:65km ・装甲厚:8〜14mm
・エンジン:ダイムラー液冷ガソリン
・武装:26口径5.7cmゾコル加農砲×1、または7.92mm機関銃MG08×1
写真
,__
iii■∧ / (・) |ヽ
━ (,, ゚Д゚) / ━━━━━ ∧∧━━━━ 《 //|━━━━━━━━━━━━━━━━
| つ ∇ (゚Д゚,,) /_ V/レ'
| |┌─┐ /⊂ ヽ /⊂ ヽ
〜| ||□| √ ̄ (___ノ〜 √ ̄ (___ノ〜
∪∪ | | || ━┳┛ || ━┳┛
 ̄ ̄ ̄ ̄| | ====∧==========
/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
| スウェーデンの戦車開発って、第一次世界大戦が終わった後の話だよな。
| ドイツ本国は、ベルサイユ条約で戦車の開発・研究・所持が禁じられてたのに。
\____ ∧
/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
| しかしドイツは、戦車の研究をやめる気はなかった。
| スウェーデンに技師を派遣するという形で、ドイツ人研究者の血が絶えないようにしたんだ。
| そうでもしないと、技術が断絶してしまうからな。
\______________________________________
/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
| 結局のところ、大戦時のドイツの戦車開発や運用は連合国の後を追っているのみの状態でした。
| これは戦車軽視論が背景にあったからであり、その有効性に気付いた時にはもはや手遅れ。
| こうしてドイツは敗北した後、「我が国が負けた原因の一つは、戦車がなかったからだ」という念を抱くことに。
| これは必ずしも正解ではなく、あっても負けてたことは明白なんですが――
| とにかく戦車の有効性を、使用した側のイギリスやフランスよりも思い知ったのは事実。
| ドイツが戦車大国の道を歩むことになった第一歩が、この屈辱の経験ということです。
\__ __________________________________________
━━━∨━━━━━━━━━━━━━━━
,__
iii■∧ / (・) |ヽ
━ (,, ゚Д゚) / ━━━━━ ∧∧━━━━ 《 //|
| つ ∇ (゚Д゚,,) /_ V/レ'
| |┌─┐ /⊂ ヽ /⊂ ヽ
〜| ||□| √ ̄ (___ノ〜 √ ̄ (___ノ〜
∪∪ | | || ━┳┛ || ━┳┛
 ̄ ̄ ̄ ̄| | ====∧==========
/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
| しかし敗戦後のドイツ陸軍は、戦車の開発や所持を禁止された――
\____ ∧
/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
| 以後の戦車開発史は、I号戦車の講義を参照のこと。
\__________________________
/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
| ではここで視点を変え、モータリゼーションの本場であるアメリカを見てみましょう。
| イギリスもフランスも、アメリカ製のホルト・トラクターをきっかけに戦車を発案したほどの本場。
| そんな自動車大国アメリカは、まだ連合国に加わっていない1916年の時点で二種類の戦車を開発していました。
| これらは民間企業が商売目的で開発したものであり、アメリカ軍のプロジェクトではありません。
| どちらも試験開発的な色彩が非常に濃く、買い手も付きませんでした。
\__ ___________________________________________
━━━∨━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
・CLB75戦車
C.L.ベスト・トラクター社が開発したアメリカ最初期の戦車。
同会社の農耕トラクターに装甲と砲塔を搭載したもので、モックアップのみが完成。
・HA36戦車
ホルト・トラクターの開発した小型戦車。
一人乗りの菱形戦車といった外見で、バイク用のエンジンを搭載していた。
,__
iii■∧ / (・) |ヽ
━ (,, ゚Д゚) / ━━━━━ ∧∧━━━━ 《 //|━━━━━━━━━━━━━━━
| つ ∇ (゚Д゚,,) /_ V/レ'
| |┌─┐ /⊂ ヽ /⊂ ヽ
〜| ||□| √ ̄ (___ノ〜 √ ̄ (___ノ〜
∪∪ | | || ━┳┛ || ━┳┛
 ̄ ̄ ̄ ̄| | ====∧==========
/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
| つまりは、民間で作った戦車だな。
\____ ∧
/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
| 両方とも、あくまで試作品だ。
\_______________
/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
| そして翌年の1917年、ホルト社は2種類の試作戦車を開発します。
| キャタピラーG-9戦車は、イギリスの菱形戦車とほぼ同じ着眼で開発された車両。
| 同社の10トントラクターをベースに、装甲と武装を備え付けた重戦車でした。
| ホルト・ガソリン-電気式戦車は、ホルト社とジェネラル・エレクトリック社が共同開発した車両。
| 電動モーターを使用した冒険的な車両ですが、結局は試作車のみが完成しているのみです。
\__ ____________________________________
━━━∨━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
・キャタピラーG-9戦車
ホルト社が開発した重戦車で、そのスタンスはイギリス菱形戦車と同じ。
1917年にアメリカ陸軍兵器局は性能をテストしたが、制式採用には至らなかった。
・ホルト・ガソリン-電気式戦車
ホルト社とジェネラル・エレクトリック社が共同開発した戦車。
電動モーターで駆動するという方式を採用していたが、試作車のみで開発は終わっている。
,__
iii■∧ / (・) |ヽ
━ (,, ゚Д゚) / ━━━━━ ∧∧━━━━ 《 //|━━━━━━━━━━━━━━━━━━
| つ ∇ (゚Д゚,,) /_ V/レ'
| |┌─┐ /⊂ ヽ /⊂ ヽ
〜| ||□| √ ̄ (___ノ〜 √ ̄ (___ノ〜
∪∪ | | || ━┳┛ || ━┳┛
 ̄ ̄ ̄ ̄| | ====∧==========
/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
| こっちも試行錯誤か。
\____ ∧
/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
| 試行錯誤っていうか、あらゆる方面に手を出したって感じだ。
\_________________________
/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
| そして1917年4月、アメリカもとうとうドイツに宣戦布告。第一次世界大戦に参入します。
| アメリカ陸軍は戦車部隊の創設を決定し、戦車先進国のイギリスに「戦車売ってくれよ」と打診。
| こうして1917年10月には、イギリスにて開発中の小型軽量戦車であるMk.VIが600両注文されます。
| しかしアメリカ独自の研究で、Mk.VIのサイズでは戦力として過小なことが判明しました。
| その頃に動き出したのが、イギリス・フランス・アメリカ共同のMk.VIII戦車計画。
| この計画にアメリカが正式参入したことにより、Mk.VI戦車の注文はキャンセルされます。
\__ ______________________________________
━━━∨━━━━━━━━━━━━━━━
,__
iii■∧ / (・) |ヽ
━ (,, ゚Д゚) / ━━━━━ ∧∧━━━━ 《 //|
| つ ∇ (゚Д゚,,) /_ V/レ'
| |┌─┐ /⊂ ヽ /⊂ ヽ
〜| ||□| √ ̄ (___ノ〜 √ ̄ (___ノ〜
∪∪ | | || ━┳┛ || ━┳┛
 ̄ ̄ ̄ ̄| | ====∧==========
/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
| でもMk.VIII戦車って、第一次世界大戦に間に合わなかったんだよな。
\____ ∧
/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
| そうなるな。
| 終戦の時点で100両完成したMk.VIIIは、アメリカの手に渡って主力戦車となったんだが。
\_____________________________________
/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
| Mk.VIII戦車の完成まで待っているわけにもいかないので、アメリカはMk.IV、Mk.Vなどの戦車を譲られました。
| 結局のところMk.VIII戦車は間に合わなかったので、これらのイギリス戦車で終戦まで戦い抜くことになります。
| さて、このMk.IV戦車を解析し、それをベースにアメリカ流に開発してみたのがスチーム戦車。
| 火炎放射器を搭載することを目的に造られた戦車で、その動力には蒸気が用いられていました。
| 結果的にはそれでは不足で、補助のガソリンエンジンが搭載されることに。
| 特に量産もされず、実験的な色彩が非常に濃い戦車でした。
\__ __________________________________________
━━━∨━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
・スチーム戦車
アメリカ陸軍が、Mk.IV戦車の設計を参考に開発した重戦車。
蒸気を動力にしていたが、後に補助としてガソリンエンジンを搭載することに。
主武装として火炎放射器を搭載していた。
写真
,__
iii■∧ / (・) |ヽ
━ (,, ゚Д゚) / ━━━━━ ∧∧━━━━ 《 //|━━━━━━━━━━━━━
| つ ∇ (゚Д゚,,) /_ V/レ'
| |┌─┐ /⊂ ヽ /⊂ ヽ
〜| ||□| √ ̄ (___ノ〜 √ ̄ (___ノ〜
∪∪ | | || ━┳┛ || ━┳┛
 ̄ ̄ ̄ ̄| | ====∧==========
/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
| どんな風に使われたんだ、この戦車……?
\____ ∧
/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
| さあ。資料はかなり少ないからなぁ。
\________________
/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
| アメリカは、前線ではイギリス戦車を用いながら、本国でも戦車開発に熱心でした。
| アメリカ兵器局が設計し、その生産を自動車会社フォードに依頼したのがフォード3トン戦車。
| これは非常に小型の車両であり、その名に反して輸送用の車両として完成しました。
| 完成した試作車1両は試験的に前線のフランスに送られ、いちおう採用が決定します。
| それは1918年10月と、ドイツ降伏二ヶ月前の話。
| 15両が生産された時点で終戦、以降の生産はキャンセルされました。
\__ ___________________________________
━━━∨━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
・フォード3トン戦車
アメリカ兵器局が設計した戦車だが、弾薬運搬車として仕上げることに軌道変更。
その部品の多くは、フォード自動車の部品が流用できるように設計されている。
軍での制式採用が決定するも、15両が完成した時点でドイツ降伏。以後の生産はキャンセルされた。
なお車体を大型化した戦車型の開発も進んでいたが、それも1919年に破棄された。
写真
,__
iii■∧ / (・) |ヽ
━ (,, ゚Д゚) / ━━━━━ ∧∧━━━━ 《 //|━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
| つ ∇ (゚Д゚,,) /_ V/レ'
| |┌─┐ /⊂ ヽ /⊂ ヽ
〜| ||□| √ ̄ (___ノ〜 √ ̄ (___ノ〜
∪∪ | | || ━┳┛ || ━┳┛
 ̄ ̄ ̄ ̄| | ====∧==========
/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
| 3トンって言ったら、ものすごく小型の戦車だな。
\____ ∧
/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
| ちっこいよ。
\_________________
/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
| そんな試行錯誤のアメリカは、フランスのルノーFT17軽戦車の優良さを瞬時に理解。
| さっそく、これを自国で生産することにしたんですが、部品の規格が違うので簡単にはいきません。
| そこで最初から設計をし直し、さらに様々な改良を加え――M1917軽戦車という名前を付けます。
| その設計に大いに手間取り、終戦の時点で完成していたのはわずか64両。
| 結局のところ戦時中のアメリカは、軽戦車としてルノーFT17そのものを譲ってもらっていました。
| このM1917軽戦車は終戦後にも生産され続け、戦後アメリカ陸軍の主力軽戦車となります。
\__ _____________________________________
━━━∨━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
・M1917軽戦車
ルノーFT17のアメリカ生産バージョンだが、規格の違いにより再設計することに。
それに戸惑っているうちに終戦、完成していたのは64両のみ。
戦後も大量生産が実行され、1931年までに輸出用を含めて約950両が生産された。
写真 写真
,__
iii■∧ / (・) |ヽ
━ (,, ゚Д゚) / ━━━━━ ∧∧━━━━ 《 //|━━━━━━━━━━━━━━━
| つ ∇ (゚Д゚,,) /_ V/レ'
| |┌─┐ /⊂ ヽ /⊂ ヽ
〜| ||□| √ ̄ (___ノ〜 √ ̄ (___ノ〜
∪∪ | | || ━┳┛ || ━┳┛
 ̄ ̄ ̄ ̄| | ====∧==========
/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
| 譲ってもらえるのなら、わざわざ自国開発する必要ないじゃん。
\____ ∧
/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
| 開発技術の育成は重要だろ。
| 結局のところアメリカ戦車は、この時期には特に見るべきものがなかった。
| ……とは言え、国産できるだけ他国に比べりゃ凄いんだけどな。
\_______________________________
/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
| ここまで、フランス、ドイツ、アメリカの動向を見てきました。
| 第一次世界大戦中に独自の戦車を開発できたのは、これにイギリスとイタリアを含めた5国のみ。
| 詳細に見ると他にも微妙な車両があったような気がしますが、一応はそういう認識で問題ないです。
| その他の国はヨーロッパの陸戦事情を興味深く見守りながら、自国での戦車運用を検討し初めていました。
| 当然ながら、各国によって温度差がありましたがね……ってことで、今回の講義を終わりましょう。
\__ __________________________________________
━━━∨━━━━━━━━━━━━━━━
,__
iii■∧ / (・) |ヽ
━ (,, ゚Д゚) / ━━━━━ ∧∧━━━━ 《 //|
| つ ∇ (゚Д゚,,) /_ V/レ'
| |┌─┐ /⊂ ヽ /⊂ ヽ
〜| ||□| √ ̄ (___ノ〜 √ ̄ (___ノ〜
∪∪ | | || ━┳┛ || ━┳┛
 ̄ ̄ ̄ ̄| | ====∧==========
/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
| イタリアの戦車事情は講義していないな。
\____ ∧
/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
| それはまた、別の機会に。
| イタリアはかろうじて試作型戦車が完成した程度で、運用経験は皆無に近いんだ。
\__________________________________
「陸上兵器・フランス」に戻る
「陸上兵器・ドイツ」に戻る
「陸上兵器・アメリカ」に戻る
全講義一覧に戻る
左メニューが表示されていない方は、ここをクリック