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| 艦上攻撃機「流星」は、艦上攻撃機と艦上爆撃機の特徴を併せ持った新型機として開発されました。
| つまり魚雷や大型爆弾を運用でき、なおかつ急降下爆撃さえ可能な万能艦上攻撃機。
| しかし流星が完成したのは終戦の直前であり、ほとんど戦果もないまま特攻同然の出撃を強いられた――
| そんな流星について講義していきましょう。
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| すげぇ! 艦上攻撃機としても、艦上爆撃機としても使えるのか!
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| 空母の格納庫スペースは限られるため、機種をなるべく統合して減らした方が効率的。
| だが、流星が検討された事情はそれだけではなかった。
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| 板書したのは、艦上攻撃機と艦上爆撃機の違いなんですが……
| 1940年あたりになると、板書のような特徴では色々と問題が出るようになってきました。
| 艦船は頑強になり、艦上爆撃機が搭載しているような小型爆弾は役に立たないことに。
| また艦船の速力が上がると、鈍重な艦上攻撃機にも優れた運動性が必要になってきます。
| 結局のところ、両者の進化の先は同じもの――ということになってきました。
| こうして日本海軍は1941年、艦攻と艦爆を統合した攻撃機の開発を始めたんです。
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・艦上攻撃機:魚雷も大型爆弾も搭載可能。ただし鈍重で、急降下爆撃は不可能。
・艦上爆撃機:小型爆弾のみ搭載可能。ただし軽量で、急降下爆撃が実行可能。
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| なんと。
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| アメリカも同様の考えを持ち、艦上爆撃機と艦上雷撃機の統合機を開発するんだ。
| これがAD-1「スカイレイダー」だが、完成は終戦の後となっている。
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| こうして始まった一六試艦上攻撃機(後の流星)の開発なんですが、やはり相当に苦心。
| 例によって海軍の要求は最大速度556km/h以上とか、九九艦爆並の運動性とか、とにかく過酷。
| 開発を任された愛知航空機は技術の粋を活かして取り組み、1942年12月に試作1号機を完成させます。
| それは天山と同じぐらい大きなボディを持ち、逆ガルの主翼を採用した独特の機体でした。
| さらにエンジンは、小型高出力の『誉』――そう、あの問題児を搭載していたんです。
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| 逆ガルって……?
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| 後で写真を見れば分かるが、主翼が「へ」の字を逆にしたように曲がっている。
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| 流星の試作1号機が完成したとはいえ、まだまだ問題点も多く、実用には程遠い状態。
| 元より日本の技術力では、艦攻と艦爆の長所を併せ持った航空機の開発というのは重荷でした。
| 完成時期はずるずると伸び、量産が開始されたのはなんと1944年4月。
| その上で運用試験が行われ、初めて実戦部隊に流星が届いたのは1945年の3月という有様。
| この時期になるともはや、日本海軍の空母などは無いも同然。
| 艦攻と艦爆の特徴を併せ持った斬新な航空機は、登場時から活躍の場などありませんでした。
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・艦上攻撃機「流星」(B7A)
艦上爆撃機と艦上攻撃機を統合した、新しいコンセプトの万能攻撃機。
しかし戦争最末期の登場であり、なおかつ信頼性は低く、活躍の場はなかった。
写真 写真 写真
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| 主翼の形状が特徴的だな、これが逆ガルか。
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| なお、エンジンを『誉』二三型に換装した流星改というのも存在するが、試作の域を出ない。
| ここら辺に関しては、諸説あるんだが……流星改は試作に終わったというのが真相のようだ。
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| こうしてごく少数ながら生産された流星は、千葉県の木更津海軍航空基地に配備されることになります。
| 実戦デビューは1945年7月25日、関東沖にてちょっかいを掛けてきたイギリス艦隊に魚雷攻撃。
| それ以降、8月9日、13日と日本近海で暴れるアメリカ艦隊に攻撃を仕掛けたのですが、その戦果は不明。
| そして8月15日――終戦の日、流星2機は最後の出撃を行うことになります。
| その最後の任務は、800kg爆弾を背負って敵艦への体当たり――特攻でした。
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艦上攻撃機「流星」
・全長:11.49m ・全幅:14.4m ・全高:4.07m ・全備自重:5,700kg
・最大速度:543km/h ・航続距離:3,000km ・乗員:2名
・エンジン:中島『誉』一二型 空冷星形12気筒(1,825hp)×1
・武装:20mm機銃×2、13mm機銃×1、魚雷×1 or 爆弾800kg
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| やはり、特攻か……
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| 2人乗りの流星が2機、総勢4人が午前10時50分に木更津海軍航空基地を飛び立ったのですが――
| うち1番機は主脚が故障し、2番機を置いて引き返さざるをえなくなります。
| そして1番機が基地に戻ってきたのが午前11時30分。
| その30分後に玉音放送が流れ、戦争は終わりました――が、2番機は戻ってきませんでした。
| これが、流星の最後の出撃記録となっています。
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| 悲しい話だ。
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| 流星の総生産数は、わずか111機。末期的な情勢では、これだけ生産するのが精一杯でした。
| しかし結果的には特攻機の種類を増やすだけ、という切ない結果に終わってしまいます。
| 艦上爆撃機と艦上攻撃機を統合するというコンセプトは、決して誤りではありませんでした。
| 終戦後に、アメリカは同様のコンセプトで造られたAD-1「スカイレイダー」を完成させています。
| ですが……日本の当時の技術力や生産力では、効果的な形で実現することは不可能だったということですね。
| ぜんぶ貧乏がいけないんじゃあ!
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| やっぱ、そういう結論になってしまうのか。
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| くやしいのう、くやしいのう……
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