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| 多くの受講者は、しぃ助教授の講義の途中で私を呼んだのではないでしょうか……?
| カデシュの戦いとは、紀元前1285年頃に起きた古代最大規模の戦車戦です。
| 場所は、シリアのオロンテス川付近に位置するカデシュという土地周辺。
| シリア一帯を支配権に収める軍事大国ヒッタイトと、アジア制覇に乗り出した伝統の帝国エジプト――
| この二大国が覇権をかけて激突し、数千両のチャリオットが入り乱れる激戦が展開されたんです。
| またこの戦いは、公式の戦闘経過記録が残っている史上初の戦いとされるんですよ。
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    | 戦闘経過が記録されているという点で、世界初なんだな。
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         | なお、死者数などがしっかり記録されている史上初の戦いはメギドの戦い。
         | カデシュの戦いより300年前、エジプト軍とカナン連合軍が激突した戦いだ。
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| しぃ助教授の講義でだいたいの流れは分かっているでしょうが、少し詳しく確認しておきましょう。
| 紀元前1279年(異説あり)、エジプトの歴代ファラオの中でも英雄として名高いラムセス2世が即位。
| 彼はアジア進出に乗り出し、紀元前1274年頃にはシリアに存在したヒッタイトの属国アムルを支配下に。
| こうしてアムルからヒッタイトに、「もうヒッタイトには従わない」という内容の手紙が送られます。
| それを受け取ったヒッタイト王ムワタリ2世は激怒、大軍を率いてアムル奪還に乗り出すことに。
| こうして両国は、争点となっているシリアの地で激突することになりました。
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    | この時代に生まれていたら……俺は、ただの猫だった。にゃ〜ん。
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         | 前から思ってたんだが……君、ときどき短期的に壊れるな。
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| ちょうど両国の支配圏がぶつかり合う前線は、ヒッタイト支配下のカデシュという都市です。
| この都市はエジプトとヒッタイトがこれまでも奪い合っていましたが、現在はヒッタイトによって要塞化。
| そんなカデシュを目指して、両雄は大軍を率いて進軍することとなりました。
| 南下してカデシュを目指すのが、ヒッタイト王ムワタリ2世。戦車3500両、兵員17,000人の大軍団です。
| ただし17,000名の軍勢には戦車の乗り手も数に含まれており、当時のヒッタイト戦車は3人乗りでしたから――
| 単純計算で、3500両の戦車と6500人の歩兵ということになるでしょうか。
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 主将:ムワタリ2世
 副将:ハットウシリ(ムワタリ2世の弟)
 戦車:3500両
 歩兵:6500人
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    | なるほど。
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         | ヒッタイト軍は、服属・同盟国が供出した戦車や歩兵を多く抱えている。
         | いわば各国の混成部隊であり、王の目が届いていないところでは何をしているか分からない。
         | まあ、古代の軍隊はそのくらい普通だ。規律が行き届いた現代軍と比較しちゃいけない。
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| 北上してカデシュを目指すエジプト軍――それを率いるのは、当然ながらファラオのラムセス2世本人。
| 歩兵2万人と戦車2千両を、神の名を冠した4つの軍団に分配しています。
| よって一軍団に歩兵5000人、戦車500両という計算になりますね。
| また、地中海沿岸ルートを進軍する別働隊として、外国人傭兵部隊がカデシュに向かっていました。
| 通信手段のない当時のことですから、ラムセス2世は彼らの現在位置など把握できていません。
| 別働隊がどこまで来たのか、いつごろ着くのか、確かなことはファラオにも分からなかったんですよ。
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 主将:ラムセス2世
 アメン軍団:歩兵5000人、戦車500両
 ラー軍団:歩兵5000人、戦車500両
 プタハ軍団:歩兵5000人、戦車500両
 ステフ軍団:歩兵5000人、戦車500両
 外国人傭兵部隊:歩兵2000人
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    | 戦車はややヒッタイト軍の方が多いけど、歩兵はエジプト軍がはるかに多いな。
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         | 戦車に対する歩兵の割合は、エジプト軍の方が圧倒的に多い。
         | つまりヒッタイト軍は戦車主体の軍隊なのに比べ、エジプト軍は歩兵主体の軍だったんだ。
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| ミギー君の言う通り、ヒッタイト軍とエジプト軍の戦闘ドクトリンは異なっていました。
| エジプトのチャリオットは非常に軽量で、御者と弓兵の2人乗りだったんです。
| そして投げ槍や矢で遠距離攻撃を行い、味方歩兵の攻撃を支援。
| 敵が近付いてきたら、機動力を生かしてその場から撤退。距離を保って矢を射る――そんな戦法でした。
| 現代で言うならば、エジプトのチャリオットは砲兵のように歩兵支援を行う兵科だったんですね。
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    | なるほど。メインは歩兵の攻撃で、チャリオットは遠距離攻撃でそれを支援するのか。
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         | だからエジプトの戦車数は歩兵より少ないんだ。
         | 2人乗りで軽量だから、非常に機動性も高い。
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| 一方でヒッタイトの戦車はというと、それ自身が軍の主力。
| 後の騎兵のように、敵軍の中に集団でなだれ込む役割でした。歩兵はその支援です。
| ヒッタイト軍の戦車は3人乗りであり、御者、槍兵(兼弓兵)、盾持ちがフルセットで乗っていました。
| 身軽さではエジプト軍チャリオットに劣るものの、攻撃力と突破力では比較になりません。
| これは、どちらが優れているかという話ではなく――両軍が発展した歴史と、これまで戦ってきた相手の違い。
| 異なる軍事ドクトリンを持つ軍が、シリアの地において激突することになるんです。
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    | なんと!
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         | シンイチ……
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| そういうわけで、ヒッタイト軍は北から、エジプト軍は南からカデシュに迫るのですが――
| エジプト軍は莫大な歩兵がいたため、その隊列は凄まじく長くなってしまうことを覚えておきましょう。
| 先頭と最後尾の距離差はなんと25km。エジプトの遠征軍は、おっそろしく長い行列となっていたんです。
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    | わかったぞ! これが伏線だな!? これが原因で、エジプト軍は負けるんだな!?
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         | そうとも限らない。
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| さて、先にカデシュへと到着したのはヒッタイト軍の方でした。
| このままエジプト軍の到着を待つのも芸がないということで、ムワタリ2世は計略を使うことにしたんです。
| まずは戦車2500両からなる別働隊を弟のハットウシリに率いらせ、カデシュ南側に潜ませました。
| カデシュは高台にあってエジプト軍が進軍してくる南方面を見渡すことができ、敵の出方が一目瞭然。
| なおかつカデシュ南部には樹木が生い茂り、別働隊を潜ませるには最適だったんです。
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    | ほほう、待ち伏せだな。
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         | それも、全軍の三分の二以上を潜ませるという大胆な策だ。
         | 伏兵部隊といっても、戦車の大多数はそっちに割り振られていることに注意。
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| そしてムワタリ2世は残る戦車1000両と歩兵6500人を率い、カデシュからやや北に待機します。
| 計略はそれだけではありません。スパイ2人をエジプト軍へと放ち、敵陣へ偽情報を流すことにしたんです。
| 「ヒッタイト軍はいったんカデシュまで来たものの、アレッポ(カデシュより徒歩10日)まで引き返した」――
| そういう嘘情報を敵に与え、カデシュにて待ち伏せしようとしたんですよ。
| 油断してやってきたエジプト軍を、一網打尽にしてしまおう――そういう作戦です。
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    | なるほど……かなり念が入ってるな。
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         | このような奇襲や、戦術機動は古代から存在したことが分かる。
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| さて、同じ頃のエジプト軍はというと……彼らは、カデシュ南から25km(徒歩1日)の地点で夜営していました。
| そこへ現れたのは、ヒッタイト軍から脱走してきたという兵士2人。
| 彼らは、「ヒッタイト軍はアレッポまで引き返した」という(偽)情報をもたらしたんです。
| 当然ながらラムセス2世はこの情報を簡単に信じるはずもなく、まず斥候をカデシュに送ったのですが――
| 自称ヒッタイト脱走兵の言う通り、ヒッタイト軍はカデシュ周辺のどこにも見当たりませんでした。
| そこでラムセス2世は情報を信じ、翌朝の早朝からカデシュに向けて北上することにしたんです。
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    | エジプト軍、罠に掛かってしまったか……
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         | ヒッタイト軍がいない以上、早めにカデシュを落とした方が良い――妥当な判断だな。
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| 先に言った通り、エジプト軍の隊列は25km。この野営地点がカデシュから南に25kmだったということは――
| 先頭集団が出発して1日、ようやくカデシュに到着した頃、最後尾集団が野営地を出発するという計算に。
| 早朝6時に先頭のアメン軍団が、ファラオ自ら率いられて出発します。
| 手薄なカデシュを早めに押さえておくため、ラムセス2世はかなりの強行軍を命じたようですね。
| それから間隔を開け、残る3つの軍団が順番に北上するという手筈になります。
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    | なんで、4つの軍団を時間差で北上させたんだ?
    | 全軍で、バーっと北上した方が良さそうなのに。
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         | できるなら、そうしたいだろうが……万を超える大軍を動かすのは、実に大変なんだよ。
         | 道が混雑して進軍が遅くなったり、補給に問題が生じたり……いろいろ難題が生じるんだ。
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| こうして夕刻頃、アメン軍団はカデシュ北西に到着。潜伏しているヒッタイト軍伏兵には気付いていません。
| もうすぐ夜が訪れるため、エジプト軍はカデシュ攻めを明日に回すことにしました。
| 残る3軍団の到着を待ちながら、カデシュ攻めの拠点となる野営地を築き始めたのですが――
| そこで例のスパイ2人とはまた別のヒッタイト斥候2人が捕らえられました。
| ラメセス2世は、この2人を尋問したところ――翌朝近くなった頃、衝撃の事実を自白しました。
| なんとヒッタイト軍はすでに到着していて、カデシュ近辺に潜伏しているというのです!!
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    | げぇっ! これは罠だ!
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         | 思いもしない事態に大慌てのラムセス2世だったが、時すでに遅し。
         | ヒッタイト伏兵は戦闘態勢に入り、ムワタリ2世率いる予備軍も有利な位置に移動を終えていた。
         | エジプト軍は、完全に不利な状態だったんだ。
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| この頃、2番目に到着しようとしていたラー軍団が、カデシュの西で長い隊列を組んでいたんです。
| これはすなわち、ヒッタイト伏兵に柔らかな横腹をさらしていることを意味していました。
| 機は熟し、ヒッタイト軍は奇襲攻撃を開始。横腹を見せているラー軍団に襲い掛かります。
| 当然ながらラー軍団はまともに戦うこともできず、あっという間に潰走状態。
| しかもラー軍団の敗残兵は、アメン軍団の後方部隊にまでなだれ込んでしまいました。
| 両軍は揉み合うことになり、パニックが伝染。アメン軍団とラー軍団は、大混乱に陥ってしまったんです。
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    | なんと! あっという間にエジプト軍は大ピンチに!
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         | このままヒッタイト軍の勝利……と、誰もが思っただろう。
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| 自軍の窮状を見たラメセス2世は、ひるむことなく自軍戦車に乗り込みました。
| 彼が手にしたのは、ファラオ専用の弓矢。長さ2メートルを越えるという化け物みたいなシロモノ。
| 「静まれ! 余にはアメン神がついている! 余の力は十万の兵に匹敵する!!」
| そう叫びながら、ラメセス2世はたった1人で圧倒的優勢のヒッタイト軍の中へとなだれ込みました。
| そしてラメセス2世は、群れ寄るヒッタイト兵をちぎっては投げ、矢をブチ込み、単身で大暴れ。
| この際にラメセス2世は単身で数千のヒッタイト兵を倒し、約千両の敵戦車を破壊したとか。
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    | なにこのラメセス無双。
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         | 古代ではよくあること。
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| ヒッタイト伏兵部隊はというと、ラメセス2世のいる野営地を包囲しようとしていたんですが……
| この際のラメセス無双で、包囲陣東側の集団が川へと追い落とされてしまいます。
| それでも、四方向からの包囲が三方向になっただけ。危険な状態に変化はありませんでした。
| ラメセス2世の果敢な活躍を目の当たりにし、アメン軍団の混乱は収まっていましたが……
| いまだエジプト軍は、絶体絶命の窮地にいたんです。
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    | ううむ……
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         | この際の戦闘で、ヒッタイト副将でムワタリの弟ハットゥシリが戦死したことになっているが――
         | それはあくまでエジプト側の記録によるもので、結局は誤報だった。
         | ハットゥシリはここで死んだどころか、後にムワタリから王位を継いでヒッタイト王になっている。
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| さて……ヒッタイト王ムワタリ2世が率いる予備部隊は、ちょうどアメン部隊の東側にいました。
| しかし彼は破られた包囲網東側を埋めようとはせず、その位置で様子を見ることにします。
| このタイミングでムワタリがエジプト野営地に突撃していたら、勝負は決まっていたと言われていますね。
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    | なんで、この絶好のタイミングで総攻撃を仕掛けなかったんだ?
    | ムワタリってのはヘタレだったのか?
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         | これに関する考察は、後述。
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| ともかく、ラメセス2世は三方向を囲まれて絶体絶命の状況でした。
| しかし、ここで思わぬアクシデントが発生してしまいます。
| 三方向からラメセス2世の野営地を囲み、いよいよ突入してきたヒッタイト軍ですが――
| 彼らは、その野営地に残った王の所持金品などを略奪し始めたんですよ。
| 当然ながらヒッタイト軍の攻撃は緩み、大きな隙が生まれてしまいます。
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    | なんと!
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         | だってさぁ、ほら……そこらへんに転がってる宝石見てみろよ。
         | これを拾って持ち帰るだけで、子孫三代遊んで暮らせるんだぞ?
         | エジプト軍相手に必死こいて殺したり殺されたりしてる場合じゃないだろ。
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| さらに、エジプト軍の幸運は続きました。
| この窮地に、なんと別働隊だった外国人部隊2000人が戦場に到着したんですよ。
| 彼らは略奪に夢中だったヒッタイト軍の後方から襲い掛かり、なんとか追い散らすことに成功したんです。
| こうしてエジプト軍野営地は、再びエジプト側の手へと奪還。
| ここで夜が到来し、戦闘は翌朝へと持ち越されることになります。
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    | とんでもない窮地を、エジプト軍はなんとか乗り切ったんだな。
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         | ラメセス2世は、この夜のうちに潰走したアメン軍団とラー軍団の残存兵を集めることに成功。
         | ヒッタイト側も、まさか一晩でここまで体勢を立て直すとは思っていなかったみたいだ。
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| そして翌日、熾烈な戦いが再開されます。
| エジプト軍の野営地に、西南方から攻め込むヒッタイト主力軍(昨日までの伏兵部隊)。
| その東には、ムワタリ自らが率いる別働隊が様子を伺っています。
| この部隊はまさに切り札であり、おいそれと投入するわけにはいかなかったんですよ。
| 戦況は、ヒッタイトの方が優勢ではありましたが――それでも、エジプト軍を打ち破るには至りません。
| その時、とうとう南方から3番目のプタハ軍団が見え始めたんですよ。
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    | ここで、ようやく3番目の部隊が到着か。
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         | ヒッタイト軍は、形勢逆転の危機に陥った。
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| このままでは、野営地にこもったエジプト軍とプタハ軍団に、南北から挟み撃ちされてしまう――
| そう考えたムワタリは、いよいよ自身の率いる予備軍を前線へと投入します。
| こうして、ヒッタイト軍は東西からエジプト軍野営地を攻めたのですが――それでも、落ちませんでした。
| そうしているうちに、プタハ軍団が戦場に本格参入。
| ムワタリの恐れていた通り、ヒッタイト軍を南北から挟み撃ちにしてきました。
| 危機を察したムワタリは、全軍を率いてカデシュ市内へと撤退します。
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    | カデシュは、確か要塞化されてるんだったな。
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         | そんじょそこらじゃ落ちない前線の要塞に、ヒッタイトの大軍がこもる――
         | これは、エジプト軍にとって極めて厄介な事態を意味していた。
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| カデシュにこもり、城門を閉ざしてしまうヒッタイト軍――
| エジプト軍はそれを包囲したのですが、エジプト側の死傷者数も極めて甚大。
| 最後尾のステフ軍団を合わせても、カデシュ攻城戦に持ち込む兵力は残されていませんでした。
| それに加えてエジプト軍は糧食の不足という問題も浮上し、両軍とも手詰まりに。
| そこでムワタリ2世から和平の使者が来たので、ラメセス2世も和平に同意。
| こうしてカデシュの戦いは終わった――そういうことです。
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    | 結局、どっちが勝ったんだ……?
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         | それがまた、大問題なんだ。ヒッタイトもエジプトも、自国の勝利だと宣伝している。
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| こういう風に、幾多の問題や疑問点が残るカデシュの戦いですが……
| まずは、後世において責められることになるムワタリ2世の采配について検討しましょう。
| 上の経過で見た通り、ムワタリは絶好のタイミングで兵力投入を控えてしまいました。
| これは結果的に失策でしたが、それをムワタリの戦略眼のなさとするのはどうでしょうか?
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    | なんで……? あのタイミングでぼんやり見てるなんて、ありえないだろ?
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         | 君は「あのタイミング」というが……それは、戦闘の成り行きを知っている君だから分かること。
         | いわば、後世の人間がもたらした神の視点に過ぎない。
         | 実際にあの場にいたムワタリが、そんな神の視点を持ち得たのか?
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| 後世の人間は、神の視点で戦況を把握することができますが……現場にいる指揮官はそうじゃないでしょう?
| ムワタリにしても、1km近く距離が離れていたことに加えて、砂煙で状況が把握できなかった可能性が高いです。
| 状況の見えない乱戦に予備戦力を突っ込ませるより、戦況を見極めることを優先するのは当然の判断。
| 自軍が有利のようだし、予備戦力はとどめの一押しとして保持しておいたかもしれません。
| この時のムワタリが何を考えていたかは記録に残っていませんが、それを責めるのは酷でしょう。
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    | ムワタリの判断は、結果的に失策だったが……それも結果論ってことか。
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         | それよりむしろ、エジプト軍に神が味方したかのような胡散臭い展開の方が気になるな。
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| そして、その直後に起きたヒッタイト軍の略奪事件について。
| 覚えておきたいこととして、戦場における略奪ってのは当時の戦争において普通です。
| 古代どころか、中世や近世の戦争でもよく起きていたことなんですよ。
| この場合、ヒッタイトにとって極めて痛いタイミングで起きてしまったということが致命的なんです。
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    | そうなの……?
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         | 軍隊に規律の行き届いた近代以降、この類の蛮行はだいたい防止できるようになった。
         | それでも、司令官が兵達の暴走を押さえきれないケースってのは現代でさえたまに起きる。
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| 王自らが多人数の部隊を率いなかったから、このような略奪が起きたと後世では批難されますが――
| 伏兵部隊の方に王がいたとしても、略奪を防ぐことは不可能だったでしょう。
| そもそも伏兵部隊にはハットゥシリなど優秀な指揮官が割り振られ、最大限の考慮がなされていました。
| それでも略奪が起きてしまったのは、ムワタリ云々よりも当時の軍制の限界でしょう。
| おまけに予備部隊に回された歩兵の方は、各属国から供出された混成集団だった可能性が高いです。
| むしろ危ないのはこちらであり、そちらを王が自ら見張っておくというのも判断の誤りとは思えません。
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    | ううむ……
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         | ラメセス2世は戦場の真っ直中で指揮し、ムワタリは離れた場所で指揮していた差というが――
         | そんなものは、完全に結果論だ。
         | ラムセス2世だって、好きであんな窮地の真っ直中で指揮してたわけじゃないだろ。
         | ここで、もしラムセス2世が流れ矢にでも当たって命を落としていたならば――
         | 後世の批評家は、揃ってラムセス2世の不用意さを叩いていたに違いない。
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| えてして後世の批評家というのは、神の視点で勝手なことを言うものです。
| 当時の習慣や事情、常識、指揮官の立場や、その際の状況、どれだけ情報を持っていたか――
| そういうのを無視し、適当な批評を挟むのは避けたいものです。
| 結果論で歴史を断罪したって、結局は都合のいい教訓しか得られません。
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    | 難しい話なんだな。
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         | 難しい話なんだよ。
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| さて……最も訳が分からない問題は、このカデシュの戦いの勝敗。
| 上でも述べた通り、ヒッタイトとエジプトの両方が自国の勝利を宣伝しています。
| 後世の目では、このカデシュの戦いは引き分けだったとされていますが――
| その理由は、戦闘後の両国の関係に変化はなかったから。
| またここまでの戦闘経過は、主にエジプト側の史料を元に解説してきたのですが――
| いくつか、腑に落ちない展開もあったと思われます。
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    | ラメセス無双……
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         | さすがに、あれはない。
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| しかしヒッタイト側では、この戦いで逆にエジプト軍を追い散らしたとされています。
| その後、南方へ逃走するエジプト軍を追撃したとされていますが――
| これがあながちホラでもないことを証明する考古学的証拠が、カデシュ南方で発見されたんです。
| この追撃でヒッタイト軍が南下した際、現地に建てられた石碑が現存していたんですよ。
| また、そもそもヒッタイト軍遠征のきっかけになったアラム陥落ですが――
| この後のアラムは、またヒッタイト側の属国へと戻っているんです。
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    | なんだそりゃ? 結局、どういうこと?
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         | 史料が少なすぎて、よく分からんというのが実際のところだ。
         | 後の歴史展開から見て、いちおう引き分けと結論しても問題ないとは思う。
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| ともかく、シリアを巡るヒッタイトとエジプトの争いは以後十数年ほど続きますが――
| ややヒッタイト優勢であったものの、だいたいは均衡状態だったといって良いでしょう。
| そこにアッシリアという脅威が現れ、紀元前1269年にヒッタイトとエジプトは和平条約を結ぶことになるわけです。
| その際のヒッタイト王は、カデシュの戦いに従軍したこともあるムワタリの弟、ハットゥシリ3世。
| エジプトのラメセス2世は非常に長命(90歳で死去)で、この時もまだ現役のファラオ。
| 二人は相互不可侵条約を結び、ようやくシリアを巡る争いは終わったということです。
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    | ハットゥシリ3世って、エジプト側の記録では死んだことになってた人物じゃないか?
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         | エジプトもびっくりだ。
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| さて……このカデシュの戦いは、「古代における戦闘経過を克明に記した最古の記録」という評価があります。
| その一方で、「ラメセス賛美の虚構に過ぎず、なんら軍事的教訓を導くものではない」という評価も存在。
| 私自身は、やはり後者を支持せざるを得ません。
| 両国の軍事ドクトリンの差を仔細に検討できるほど、確かな戦闘記録は残っていないのではないか――
| 私などは、そう思ってしまうわけです。
| そういうわけで、カデシュの戦いの講義を終わりましょう。
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    | なんか、はっきりしない終わり方だな……
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         | 情報不足では確かなことは言えないという、当たり前の話なんだよ。
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