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| さて、なつやすみ特別講義最後の講義です。
| いよいよ今回でシリーズも終わり、日本陸軍最後の戦いと東京裁判について講義しましょうか。
| 今回は、特定の兵器にスポットを当てません。
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  第二十五回兵器史・THE LAST BATTLE(なつやすみ特別企画・太平洋戦争史18)
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    | 東京裁判… 例の、問題アリアリのアレか。
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         | ああ、アレだ。
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| 8月15日に戦争は終わり、終戦に尽力した鈴木貫太郎内閣は役目を果たして総辞職します。
| そして2日後、東久邇宮稔彦王内閣が成立しました。その名前から分かる通り、皇族です。
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    | 皇族の人が首相になったんだな…
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         | 混迷期だから、ちょっとでもカリスマのある人を選んだんだよ。
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| 終戦と同日の8月15日、千島列島の占守島に国籍不明機が出現。爆撃を開始します。
| 同時に、占守島に迫る国籍不明の上陸軍。彼等の目的は、占守島の占領でした。
| 彼等に極東侵略の命令を出したのは、ソヴィエト連邦指導者ヨゼフ・スターリン。
| とうとう、ソ連軍の極東侵攻が始まったんです。
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 スターリンは、「ソ連の北海道占領を認めない」というトルーマンの勧告を無視。
 「9月1日までに千島列島・北海道を制圧する」という侵攻作戦を開始する。
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    | …ソ連か!
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         | ついに、連中が領土的野心をムキ出しにしたんだ。
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| そして8月18日、ソ連軍8800人が占守島に上陸してきました。
| それに立ち向かったのは、もはや日本軍残党としか呼ばれなかった連中。
| 第91師団長の堤中将は、第11戦車連隊隊長の池田中佐に出撃命令を出したんです。
| こうして、日本陸軍最後の戦いが始まりました。
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 第73旅団、及び第11戦車連隊:1万3千人
 日本側の戦車:九五式軽戦車、九七式中戦車、一式中戦車
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    | おお… 一式中戦車!!
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         | この戦車が真価を発揮したのは、この時だけかもしれないな。
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| そして、ソ連は上陸戦が苦手… というより、ほとんど経験が無かったんです。
| 上陸前の砲撃を、僅か1時間程度で切り上げてしまったんですよ。
| 一方、日本側の兵士の多くはあのガダルカナルの生き残り。
| アメリカが繰り出す超絶の艦砲射撃に比べれば、ソ連の上陸支援射撃なんぞ涼風。
| 逆に上陸部隊に砲撃をブチかまし、ソ連の戦車揚陸艦を多数沈めてしまいます。
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    | さすが… 無敵皇軍!!
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         | しかし極寒の海の中に投げ出されたソ連兵は、そのまま泳いで上陸。
         | 「ウラー!!」と叫びながら突っ込んでくる超人っぷり。
         | ちょっとヘバるとすぐ帰っていくアメリカ兵とえらい違いだ…
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| そして… 池田中佐率いる戦車40両が、ソ連軍に突っ込んでいきました。
| 2時間に渡る壮絶な死闘の末、ソ連軍は後退。
| しかし、第11戦車連隊が受けたダメージも深刻なものでした。
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 「上陸軍を1人残さず海に叩き落すまで奮闘せよ!」
                       池田中佐の訓示
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    | それでも、あのソ連軍を押し戻したんだ…
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         | しかし… 第11戦車連隊にも、本国からの戦闘行動停止命令が。
         | 日本は、全ての戦闘行動を放棄しなければならなくなったんだ。
         | 例え、領土が踏みにじられてでも…
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| そして、8月20日に停戦協定が成立。日本側は武装解除します。
| その時には、既にソ連軍は壊滅寸前だったとか。
| この戦いでの日本軍の奮闘振りは、ソ連の機関紙にも報じられています。
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   「8月18日はソ連人民の悲しみの日である」
         ソ連政府機関誌「イズヴェスチャ」
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    | 結局… 日本側の負けか。
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         | だが、この戦いは無意味だったってことはない。
         | ソ連は占守島を1日で占領し、千島列島を南下して北海道へって計画だったんだが…
         | 第11戦車連隊の活躍で、予定はメチャクチャに狂っちまった。
         | 占守島で行われた人知れぬ戦いは、北海道をソ連の手から守ったんだ。
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| 真岡という千島列島での港街では、幾多の悲劇が起きました。
| ソ連軍は避難民を襲撃し、赤十字を掲げた救急施設をも爆撃し…
| 真岡の配属部隊は命令違反と全滅を覚悟し、ソ連兵に対して勇敢に戦いました。
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 22日、ソ連は樺太からの民間人が乗った船3隻を撃沈。
 民間人1700人が命を落とす。
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    | ソ連、なんて事しやがる…!
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         | 連中が、既に降伏していた日本に何をやったのか… 決して忘れるべきじゃないな。
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| スターリンは8月28日に行われる日本の降伏文書調印までに北海道を占領し、既成事実にしようとしていました。
| しかし占守島や真岡での日本軍の抵抗により、予定は遅れに遅れ…
| 22日、スターリンは北海道占領を断念します。なお日本の降伏文書調印は、9月2日に延期されました。
| ソ連軍と戦って捕虜になった日本軍人達は、ギコ教授のようにシベリアへ送られてしまいました…
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 結果的に、ソ連は千島列島全土と南樺太、北方4島をその手にした。
 60万人の日本人将兵がシベリアに送られ、強制労働の末に6万人が死亡。
 まるで、北海道占領断念の意趣返しのように…
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    | ソ連、無茶苦茶だ…
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         | だから、アメリカよりソ連が死ぬほど嫌いな戦中派の人が多いんだ。
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| さて… 8月30日、連合軍最高司令官ダグラス・マッカーサーが厚木飛行場に到着します。
| そして9月2日、東京湾上に現れた「アイオワ」級戦艦「ミズーリ」の上で降伏文書が調印されました。
| 重光葵と梅津美治郎は降伏文書にサインし、日本の降伏は確かなものとなります。
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 以後、日本は連合国最高司令官総司令部(GHQ)の間接統治を受ける事となる。
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    | 間接統治か…
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         | この統治時代は、以後7年続くんだ。
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| 降伏日と同日の9月2日に発せられたGHQ指令第1号は、陸海軍の解体でした。
| こうして、日本陸軍と日本海軍は消滅します。
| 日本に五体満足で残っていた旧海軍の艦船は、以下のものでした。
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 空母:「鳳翔」、「隼鷹」、「葛城」
 戦艦:「長門」
 重巡洋艦「高雄」、「妙高」
 軽巡洋艦2、駆逐艦40
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    | たった、これだけか…
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         | これが、栄光の帝国海軍の夢の跡だ。
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| 残った艦艇は、賠償艦として連合軍に接収されたり、解体されたり…
| 「長門」については、以前のギコ教授の講義でやりましたね。
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 空母「鳳翔」:復員船として幾多の兵を祖国へ運び、1946年解体。
 空母「隼鷹」:戦争中に魚雷を受けて修理中だったところを、そのまま解体。
 空母「葛城」:復員船として幾多の兵を祖国へ運び、1946年解体。
 戦艦「長門」:賠償艦としてアメリカに接収。1946年7月、原爆実験に供される。
 重巡「高雄」:シンガポールに停泊していた時に終戦。イギリスに接収され、1946年に海没処分。
 重巡「妙高」:シンガポールに停泊していた時に終戦。イギリスに接収され、1946年に海没処分。
 駆逐艦「雪風」:復員船として活躍、その後台湾に接収される。
           台湾は「丹陽」と改名し、艦隊旗艦として迎え入れる。1966年、長い務めを果たして解体。
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    | 「雪風」、1966年まで残ってたんだ…
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         | 「雪風」は幸運艦として外国でも有名。
         | クジ引きで「雪風」を引き当てた台湾関係者は、大喜びしたそうだ。
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| さて… 日本軍が解体されたところで、太平洋戦争の敗因を見ていきましょう。
| 最大の敗因は、「アメリカと戦争した」事。この時点で、もう国家戦略として誤ってます。
| ぶっちゃけた話、他の敗因をいくら改めたところでアメリカと勝負になりやしないんですよ。
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    | そこまで差があったのか…
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         | 残念ながら、これが現実。
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| さて、一般に流布されてる敗因はこんなとこですかね。
| 問題は… 1つとして、全面的に正しいのが無いことなんです。
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 1.軍部が暴走した。
 2.アメリカの物量に敵わなかった。
 3.航空機優勢なのに、大艦巨砲主義に走っていた。
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    | 全部間違ってるの!?
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         | 間違ってるとまでは言わんが… どれも素直には頷けないな。
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| まず… 開戦は「軍部の暴走」ということで片付けられていますが、それは余りに単純な見方です。
| 陸軍の一部将校が独断で起こした事件が、開戦に大きな影響を与えているのは確かですが…
| 政治家は、それを止めようとしましたか? なし崩しの対応で、開戦ルート突っ走ってましたよね?
| マスコミはどうでした? 縮小路線を主張する政府を罵り、軍部を持ち上げまくってましたよね?
| 国民はどうでした? マスコミのスローガンに踊らされ、ノリノリで開戦への道を突き進んでましたよね?
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    | マスコミの決まり文句である、「軍がメディアを通じて開戦を…」云々は明らかにデタラメだな。
    | 自分達で持ち上げておいて、終戦後に軍を切り捨てたんだ。
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         | 前も言ったが… 開戦にいたる最大の問題点は、
         | 「軍部独走」とか「軍への権力集中」ではなく、「過度の権力分散」なんだ。
         | 権力があらゆるところに分散してるから、まともに収拾が取れなくなっちまった。
         | 一箇所に権力が集まってたら、もう少し一貫した政策が取れたはずなんだよ。
         | …歴史にIFなどないのは承知、これからに生かす話な。
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| 「アメリカの物量に敵わなかった」… 一面で真実を孕んでいますが、誤解してしまう恐れがあります。
| アメリカに敵わなかったのは、物量だけではありません。
| 量でも、質でも、戦略でも、戦術でも、ドクトリンでも、兵站でも、技術力でも、生産力でも…
| 日本は、様々な点においてアメリカに勝てなかったんですよ。
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 1.軍部が暴走した。
 2.アメリカの物量に敵わなかった。
 3.航空機優勢なのに、大艦巨砲主義に走っていた。
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    | 兵站?
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         | 簡単に言えば、軍隊における補給や輸送。日本軍が異常に軽視していたジャンルだ。
         | 「輜重輸卒が兵隊ならば、蝶々トンボも鳥のうち」… 当時の、輸送部隊を馬鹿にした歌だな。
         | その兵站軽視の結果、どれだけの数の兵士が餓死したと思う?
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| アメリカの場合は、まず作戦前に兵士1人に必要なカロリーや弾薬、医薬品を算定。
| それだけの輸送が行えるかどうかを吟味し、作戦について検討します。
| 「日本人は雑食なので道端の草も食える!」とか言って大勢の兵士を餓死させた参謀がいる国との違いですね。
| 恐ろしい事に、この参謀の考えが日本軍におけるスタンダードだった訳です。
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 1.軍部が暴走した。
 2.アメリカの物量に敵わなかった。
 3.航空機優勢なのに、大艦巨砲主義に走っていた。
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    | 今から考えると、信じられないな… そんな適当に戦争やってたのか。
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         | 日本側のあらゆる見積もり数値は、相当にメチャクチャだったんだ。
         | 「バターン死の行進」の本当の原因も、その辺にあると言われている。
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| 「航空機優勢なのに、大艦巨砲主義に走っていた」… これは、完全に誤ってます。
| 日本はとっとと戦艦を捨て、全力で航空戦力の増強に走ってますね。
| まあ後々まで大艦巨砲主義の残滓はありましたが… アメリカに比べれば相当早くに見限ってます。
| アメリカ海軍が本当に主力を戦艦から空母に移行させたのは、1943年頃ですから。
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 日本は開戦すぐに戦艦の建造を中止(完成寸前の2隻を除く)し、それ以降戦艦の建造はストップ。
 代わりに空母の建造を重視し、改造空母も数多い。
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    | この分野では、日本の方が先進的だった訳か。
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         | にもかかわらず「アメリカの方が空母を重視してた」と誤解される理由は…
         | 戦艦「大和」の存在と、単純な空母数比較、そしてイメージの問題だろうな。
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| 日本の艦船の本当の問題は、「大艦巨砲主義」なんかじゃなく「過度の攻撃重視」でした。
| この「過度の攻撃重視」は、駆逐艦や巡洋艦に「水雷偏重」を強います。
| 駆逐艦は「敵艦に魚雷を撃つ」ってのと、「潜水艦を狩る」っていう重要な2つの仕事があるんですが…
| 日本駆逐艦は、前者に特化してしまったんですよね。この「水雷偏重」は、漸減作戦の2を実行する為です。
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  1.アメリカ艦隊が攻めてきた! いよいよ決戦だ!!
  2.潜水艦や航空機などの補助的手段で、アメリカの艦を減らせるだけ減らす(漸減)。
  3.敵艦隊が弱ってきたところに、日本の主力部隊(戦艦)が突撃!
    日本の戦艦は少数だが非常に強力なので、2の時点で弱っているアメリカ艦隊を一網打尽!
  4.大日本帝国万歳!!
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    | 魚雷も漸減の為の手段だったのか。それで、「潜水艦を狩る」っていう役目が軽視されたんだな。
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         | 日本海軍は、漸減作戦実行にのみ特化していたんだ。
         | 日本の場合、「戦艦」、「重巡洋艦」、「軽巡洋艦」、「駆逐艦」、「潜水艦」というよりも…
         | 「決戦艦」、「重漸減艦」、「中漸減艦」、「軽漸減艦」、「潜水漸減艦」と言った方が正しいかも。
         | 漸減作戦が理解できないと、日本海軍の揃えた戦力の意味は理解できないんだ。
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| で、その漸減作戦ですが… 例の板書のように上手くいく訳ないってのは、当初から言われてました。
| 日本海軍は、その勝敗によって戦争の勝敗も決するような「決戦」を重視してたんです。
| 日清戦争も日露戦争も、総合戦力で圧倒的に劣るにもかかわらず、この「決戦」で勝利したんですよね。
| 近い将来訪れる対米戦も、この「決戦」に頼るしかないと日本海軍は結論しました。
| そのたった1回の「決戦」の為に編み出されたのが、漸減作戦な訳です。
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 漸減作戦に無理があるのは最初から承知。
 しかし、まともな手段でアメリカに対抗するのは不可能。
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    | この極端な「決戦思想」が、戦艦の出し惜しみにも繋がっていったんだな。
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         | この漸減作戦は、圧倒的な海軍力の差を覆す為の作戦なんだ。
         | つまり、「これからの苦境を勝ち抜くにはこれしかない!」って苦し紛れの作戦。
         | はなから無理があるのは分かってたし、こんな作戦に頼らなきゃならんぐらい
         | 日本とアメリカの海軍力は差があったんだよ。
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| そして日本艦は、漸減作戦の為に異常なほど攻撃力が重視されていくわけです。
| 防御兵装を軽視と言うより、一能特化の為には捨てざるをえなかったんですね。
| しかし… 開戦初頭に「航空機の戦艦に対する優勢」が明らかになった事により、漸減作戦は根本から崩壊。
| これをこの講義では、「ゲームのルールが変わってしまった」と表現しましたね。
| 後の日本に残ったのは、攻撃のみに特化した艦船…
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    | 日本海軍は、巷で言われてるほど無計画じゃなかったんだな。
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         | 明確な戦略が、一応はあったんだよ。
         | ただ、それは無理の上に成り立ってるような戦略で、それでも正面から戦うよりマシだったって事。
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| とは言え… 対潜装備やレーダーやらは、もう少し何とかならんかったのかとは思いますが。
| レーダーに関して、日本海軍は明らかに軽視していました。
| 「あんなカンザシみたいなもの、みっともなくて軍艦に載せられるか!!」
| レーダー用のアンテナを見て、某日本海軍将校が言った言葉です。
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 戦争後半になると、「松」型駆逐艦など反省を踏まえた艦艇が登場するが…
 情勢を挽回するには、余りに遅すぎた。
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    | もともと、防御軽視の思想は確かに存在したと…
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         | 攻撃特化の為には防御を捨てなければならなかったのも事実だが、
         | 防御兵装を嘲笑するような風潮があったのもまた事実。
         | 前者は全体戦略もかかわってくる話なので、安易に批判は出来ないが…
         | 後者の思想は、大いに責められてしかるべきだ。
         | 空母「大鳳」の講義で述べた、ダメコン意識の低さも含めてな。
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| 「開戦時、日本とアメリカじゃそんなに海軍力に差はないんじゃないの?」
| もしかしたら、そういう疑問を抱いている方がいるかもしれませんが…
| 開戦時のデータを見ると、日本の海軍力の総計はアメリカ海軍とそこまで差がついてません。
| しかしこれ、あくまで正面戦力なんですね。
| 太平洋戦争ってのは総力戦であり、この正面戦力を次々に消耗していく戦いなんです。
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           日本   米国
    戦艦     10     15
    空母      10        8
    重巡     18     18
    軽巡     20     18
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    | 日本、空母数で上回ってるじゃないか… これだけ見てると勝てそうだな。
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         | なお空母の数値には、護衛空母や改造空母も含めているぞ。
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| そして総力戦っていうのは、どれだけ補充戦力を戦場に送り出せるかがカギになってくるんですね。
| 要は、総力戦においては、初期能力よりもスタミナが重要なんです。
| どっちが日本でどっちがアメリカかなんざ、書かなくても分かりますよね。
| こうなる事が分かってたからこそ、日本はあれだけ優位な時期の短期決戦にこだわったんですよ。
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          開戦  1942年  1943年  1944年  1945年
    戦艦      10     10        9       5      1
    空母      10     10     12      9      3
    重巡     18     14     14      6      2
    軽巡     20     19     20      7       4

          開戦  1942年  1943年  1944年  1945年
    戦艦      15     19     21     23      33
    空母     8     16     54     91      138
    重巡     18       13     16     19     26
    軽巡     18      26     31      41     49
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   |   つ ∇       (゚Д゚;)      (゚Д゚,,)
   |  |┌─┐   /⊂   ヽ    /⊂  ヽ
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    | 「最大の敗因は、アメリカに戦争を挑んだ事」… この言葉の意味、良く分かった。
    \____              ∧
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         | アメリカは、日本の弱体化によりいくつもの建艦予定をキャンセルしてる。
         | つまり、これでもまだ途中で手を抜いてたんだ。
         | …こんなの相手に、どうやって勝てと?
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| 思いっきり余談ですが、ものの本によると大本営発表の総計は以下のものになるようです。
| 良くここまで捏造できたなと思えるほどの数字ですが…
| 横にカッコで書いた、終戦時のアメリカ残存艦艇の数と比べてみてください。
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 アメリカの撃沈艦 by 大本営
  戦艦:36隻(残存33隻)
  空母:97隻(残存138隻)
  巡洋艦:219隻(残存75隻)
  駆逐艦:149隻(残存880隻)
  潜水艦:305隻(残存262隻)
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    | 大本営発表が全部本当でも、アメリカ海軍まだ残ってる――!!
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         | 実際のところ、何をどうやったってアメリカには勝てないんだ。
         | 何度も言うが、「最大の敗因は、アメリカに戦争を挑んだ事」。
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| で、日本は短期決戦に持ち込んだんですが… 結局、最も恐れていた総力戦になったのは講義の通り。
| そもそも、「アメリカに一撃を加え、早期講和を為す」という方針自体が誤っていたと言わざるをえませんね。
| だからといって、漸減作戦や一撃講和よりも有効な策は無し。
| 1940年代の段階だと、戦争を避けるっていう選択肢もとっくに消滅…
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 「戦うも亡国、戦わざるも亡国。しかし戦わざるに敗れるは民族の魂までも失う真の亡国なり。
  例えいったん亡国となるも、最後の一兵まで戦い抜けば、
  我らの子孫はこの精神を受け継ぎ必ず再起三起するであろう」
                                            永野修身軍令部総長
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    | 開戦時から、すでに詰んでた勝負だったのか…
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         | もはや、日本海軍っていう組織がどうにかできる状況じゃなかった。
         | 結局、開戦に至るまでの政治方針が誤ってたんだ。
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| また日本の敗因として、シーレーン防衛の軽視もかなり響いています。
| シーレーンとは海上交通路の事で、要は輸送船の護衛ですね。
| 日本は輸送船に満足な護衛をつけず、アメリカの潜水艦等に襲われてバタバタ沈んでいきました。
| その結果として、物資や食糧不足に拍車が掛かる事となります。
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    | 護衛をケチったのか。護衛くらいちゃんと付けてやれよ…!
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         | ところが、そう単純な話じゃないんだ…
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| まあ、これも日本の状況を考えると同情の余地はあるんですよ…
| 護衛を付ける以上、護衛艦も燃料を消費します。
| 例えば200の燃料を本土へ運ぶのに、護衛艦が300の燃料を消費したら割りに合いませんよね。
| ただ単に、護衛艦を付ければいいってもんじゃないんです。
| まあそこら辺を考慮しても、日本海軍からはシーレーン防衛の概念が欠落してましたが。
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 イギリスも、ドイツのUボートによって多数の輸送船の被害を出す。
 アメリカの支援がなければ、完全なシーレーン防衛は不可能であった。
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    | 結局… 日本海軍が本腰入れて護衛付けたところで、結果は大して変わらなかったって訳か?
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         | 結果論で言えば、その通りなんだが…
         | 「シーレーン防衛」っていう重要なファクターが海軍軍人から抜け落ちていたのは事実。
         | 「歴史から学ぶ」という観点からすれば、大いに反省すべき事だな。
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| さて、日本軍の情報軽視についてですが… 日本軍ってのは、実は情報を重視してた節もあるんですよ。
| 偵察機はなかなかに優れていましたし、「戦略偵察」という新しいジャンルを編み出してもいます。
| ただ集めた情報が、さっぱり作戦に反映されていない…
| そういう不可解かつ日本的な出来事が頻発しているんです。
| 情報収集はともかく、情報分析に大いなる問題があったのは疑いようがないですね。
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    | これも、単純な問題じゃないんだな。
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         | 防諜についても、真珠湾やガダルカナル撤退の時みたいに、出来るときは出来てるのに…
         | 基本的に、油断や隙が余りにも多過ぎたと言わざるを得ないな。
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| また陸軍においては、余りにも白兵突撃主義に固まりすぎていました。
| 「戦車はあくまで歩兵の支援、陸戦を決するのは歩兵の突撃なりィィィィィッ!!」ってやつですね。
| 今から考えるとただのアホですが、これも「アホ」の一言で処断すれば問題点は見えてきません。
| これは第一次世界大戦から第二次世界大戦ごく前半の、世界で共通した陸戦思想なんです。
| しかし大戦初頭にドイツ陸軍が繰り出した戦術により、「歩兵主、戦車従」から「戦車主、歩兵従」に。
| こうして、「対戦車用戦車」も意味を持ってくるんですが…
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 なぜ、白兵突撃主義を改めなかったか?
  ・精神主義が蔓延していた為、白兵突撃主義を否定したら「臆病者」のレッテル貼られて左遷。
  ・白兵突撃主義を改めようにも、クレーンの重量制限問題その他で頼りになる戦車がなかった。
  ・「ありゃヨーロッパの話で、こっちは関係ないべ」と思っていた。
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    | 結局、積極的に学ぼうとしなかったってのが大きいのか。
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         | なおサイパンの玉砕以降、流石に日本陸軍も白兵突撃主義を改め出している。
         | 余りにも遅かったんだけどな。
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| そもそもなんで日本軍が精神主義に偏重したかって言うと… 貧乏で、装備も物資も足りないからなんです。
| だから、猛訓練で装備の差を埋めるしかないんですよ。そっから精神主義偏重に傾いてったんですね。
| 何も、好き好んで精神主義偏重なんてやってませんよ。
| 「精神主義に走らずに装備を重視するべきだった」って批判する人は、順序を間違えてます。
| まず装備不足があって、それをカバーするために精神主義が来たんですよ。
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    | 現代においては、主客転倒した批判が多すぎる…と。
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         | しかし、日本軍の精神主義偏重は明らかに行き過ぎだった。
         | 「装備の差は精神でカバーしようぜ!」って考え方だったのに、
         | いつしか「装備や戦術に頼るのは軟弱者! いざ突撃ー!」になっちまった。
         | 漸減作戦といい精神主義といい、スローガンの暴走ってのが多いんだよな…
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| ここまで多くの問題点を挙げ、そして見ようによっては日本軍を擁護しているようにも見えるでしょう。
| ただ、今まで挙げた事は大いなる問題点である事は疑いようがありません。
| しかし問題点に至るプロセスを把握しないと、反省も改善も成り立ちませんね。
| 問題の表層だけ叩いて終わりっていうパターンは極めて危険だって事ですよ。
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    | 「なぜそうなったの?」ってのが重要なんだな。
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         | 「軍部が暴走した!」、「精神主義が蔓延してた!」、「装備が時代に合ってない!」…
         | そんな表面あげつらって反省が終わりだってんなら、日本はまた同じミスを繰り返す。
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| そういう訳で反省会を終え、歴史の方に戻りましょう。
| GHQが日本軍を解体したところまでやりましたね。いよいよ、GHQによる改革が始まったんですよ。
| そして9月11日、A級戦犯容疑者39人がGHQに逮捕されました。
| 東條英機は逮捕直前に自殺を図ったんですが… GHQによって治療され、命を取りとめます。
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    | なんと。
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         | この一件については、狂言自殺説は根強いな。
         | ちょっと穿った見方のような気もするが…
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| そして1946年5月、悪名高き極東国際軍事裁判が行われます。
| 「平和に対する罪」という意味不明な罪に問われたA級戦犯は以下の28人でした。
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 ・荒木貞夫 ・板垣征四郎 ・梅津美治郎 ・大川周明 ・大島浩 ・岡敬純 ・賀屋興宣 ・木戸幸一
 ・木村兵太郎 ・小磯国昭 ・佐藤賢了 ・重光葵 ・嶋田繁太郎 ・白鳥敏夫 ・鈴木貞一 ・東郷茂徳
 ・東條英機 ・土肥原賢二 ・永野修身 ・橋本欣五郎 ・畑俊六 ・平沼騏一郎 ・広田弘毅 ・星野直樹
 ・松井石根 ・松岡洋右 ・南次郎 ・武藤章
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    | 「平和に対する罪」ってなに?
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         | さあ、知らん。「戦争を始める権利」なんてのはどの国にもあるし…
         | 戦争責任ってなんなんだろうな。
         | 敗戦責任なら、国民が戦争指導者に問うものなんだろうが…
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| まあ、簡単に言えば汚れ役を軍指導者に押し付けるための詭弁ですよ。
| 天皇も、国民も、軍に騙されてた… そういう、都合の良いストーリーを作る為のね。
| 「諸悪は日本軍」ストーリーが通れば、GHQも統治がやりやすくなりますから。
| 「皆さんは悪くありません! 軍が皆さんを騙していたんです! 我々連合軍は、軍から皆さんを解放します!」
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    | で、軍指導者は一方的に吊るされたってのか!! こんな裁判、茶番じゃないか!!
    | 連合軍によるリンチと何が違うんだ!?
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         | その怒りは、この上もなく正しい。正しいんだが…
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| でもね… 戦争始めたんなら、日本側はこうなる事くらいは覚悟してるはずなんです。
| あの状況で戦争に足を突っ込めば、早期講和か、条件降伏か、無条件降伏しか道は無い…
| そういうルールなのを理解して、日本はゲームを始めたんじゃないですか?
| ゲームに負けてから、罰ゲームはイヤだとか、その罰ゲームは理不尽だとか…
| こんな馬鹿な言い草はありません。東條英機を始めとした軍部だって、そんなの分かってますよ。
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    | でも… あんまりにもヒドい話だろ?
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         | ヒドい話だって事自体には異論はない。
         | だが、それもまた余りに一面的な見方なんだ。
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| 戦争責任を東條英機やらに押し付けるのは、そもそもは近衛文麿のプランなんですよ。
| 戦争後期に和平工作を画策していた近衛は、天皇が戦争犯罪人として処罰されることだけは避けたかったんです。
| そこで彼は、連合国側が「東條英機は日本のヒトラー」と宣伝していた事に目を付けました。
| 東條達に全ての責任を押し付けてしまえば、天皇は裁かれない…
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    | 一部和平派も、「諸悪は日本軍」ストーリーが都合良かったのか…
    \____              ∧
         / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
         | 確かに、陸軍は暴走して対米開戦に大きな影響を与えたが…
         | 全てが陸軍のせいだって事は決してない。
         | あの時に暴走してたのは、決して陸軍じゃなかったはずだ。
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| その上で、自分達がヘンな法律で裁かれるだけで、天皇を戦争責任の枠から外せるのなら…
| 東條達にとって、こんなに美味しい話はありませんよ。
| 「諸悪は日本軍」ストーリーは、軍部にとっても都合が良かったんです。
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 東條英機は「忠狂」と呼ばれるほどに天皇を敬愛していた。
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    | いろいろ、入り組んだ背景があるんだな…
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         | まあ、そういう事だ。
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| そして当時の国民もマスコミも、「諸悪は日本軍」ストーリーの矛盾に気付いてます。
| だって、自分達が大いに盛り上げたんだから。でも、こうなれば黙っとくのが花ですね。
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    | じゃあ、国民やマスコミが一番得したって事か…?
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         | 戦争で湯水のごとく死んでいった兵もまた国民。
         | 爆撃を食らい、この世の地獄を味わったのもまた国民。
         | もし無責任に戦争を煽り立てた事が罪なら、その裁きは十分過ぎるくらい受けている。
         | それこそ、全て軍部の責任にしてしまいたいくらいの苦しみを味わったんだ。
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| 結局は、東京裁判なんて出来レースなんですよ。
| 色んな点に問題がある事なんて、当時から… むしろ、当時だからこそみんな分かってます。
| それでも… GHQも、日本国民も、裁かれる側も、納得ずくだったんですよ。
| みんな、軍部に全部被せることで終わりにしたがってた、って風潮が暗にあったんですね…
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    | 「出来レース」、か…
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         | 結局のところ、東京裁判の本質を一番突いている言葉だ。
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| 別に、アメリカを擁護するわけじゃありませんが… 太平洋戦争ってのは、こういうゲームだったんです。
| そのゲームで日本は負けて、罰ゲームを受けたんですよ。
| 無条件降伏を受け入れた身では、文句の1つも言えません。
| だからこそ、日本はあそこまで無条件降伏の受け入れを拒み、不可解なまでの犠牲者を出したんです。
| 「勝てないんだから降伏すべき」だの「東京裁判は違法」だの… 一体、どうしろと。
| 「無条件降伏」という言葉が持つ重みを根本的にナメちゃいませんか…?
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 東京裁判に問題があるのは連合国側でも周知の事実。
 そういう理不尽さも、全て受け入れなければならないのが無条件降伏。
 そして、日本(軍)は無条件降伏を飲んだという純然たる事実が存在する。
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    | 結局は、そういうゲームだったって事なのか… 虚しいなぁ。
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         | そして、東京裁判は原告被告の両方が納得していた出来レースだ。
         | 「連合国による敗者へのリンチ」の一言で終わらせられる、単純なもんじゃない。
         | …それでも、B級・C級戦犯への裁き方には目に余る部分もあったがな。
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| 代行君の言う通り、B級・C級戦犯に関してもかなり無茶な裁き方をしたのは事実。
| ここら辺、そう簡単に結論の出る問題じゃありません。
| ただ… ここら辺の問題に触れる場合は、「無条件降伏」って概念を甘く見ないように。
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 A級戦犯:「平和に対する罪」
 B級戦犯:「通例の戦争犯罪」
 C級戦犯:「人道に対する罪」
  ※A・B・Cはカテゴリー分けであり、罪の重さを表すものではない。
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    | でも、「平和に対する罪」はアメリカもやってるじゃないか。原爆なんて落とす必要なかったろ?
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         | だからこその「無条件降伏」。
         | まともに日本とアメリカが条件交渉やると、原爆や戦略爆撃が問題にされるのは明らかじゃないか。
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| そして、東條英機は…
| 自殺未遂が失敗した後は、日本が起こした戦争の正当性を堂々と法廷で訴えました。
| 彼が首相に就いたときはもはや開戦は避けられず、東條1人の責任にしてしまうのはムリがあります。
| ですが、東條英機が憲兵を使った統制政治を行ったのもまた事実。
| 1948年12月23日、彼は絞首刑に処せられました。享年65歳です。
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 「戦争犯罪者? それは勝者が決定するものだ。
  日本的解釈だが、私は戦争犯罪者ではない。戦争責任者なのだ」
                        アメリカの従軍記者に対して
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    | 東條英機も、評価が難しい人物だな…
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         | 終戦から1ヶ月近く経って… しかもアメリカが逮捕に来たと同時の自殺未遂は、
         | 当時から現在までかなり叩かれてるな。
         | まあ、「戦陣訓」で「捕虜になるなら死」を説いた本人だから仕方ないが…
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| 近衛文麿は…
| 戦後処理において、軍部に全てを被せるというシナリオを書いた彼でしたが、彼自身もA級戦犯となりました。
| しかし出頭前に青酸カリを飲んで自殺してしまいます。
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    | 終戦に向けて画策した和平派か…
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         | どうも近衛は、戦争開始直後から東條内閣に全てを被せるプランを組んでたようだ。
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| 東郷茂徳外務大臣は…
| 終戦に尽力した彼ですが、GHQにとっては東條と並ぶ最重要戦犯でもありました。
| それは、「真珠湾の騙し討ちの責任者」という事ですね。
| 彼は禁固20年の判決を受け、1950年に病死しました。
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    | あれだけ、終戦に尽力した功労者なのに…
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         | 彼の裁判は、モメにモメたな。
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| 米内光政海軍大臣は… 戦犯となるのを覚悟し、巣鴨プリズン行きの身支度を整えます。
| しかし、GHQは彼を起訴どころか逮捕すらしませんでした。
| 1948年… 終戦から僅か3年後、まるで自らの役割を終えたかのように病死します。
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 「米内大将については、自分たちの方で生い立ちから全て調べてある。
  命を張って三国同盟と対米開戦に反対した事実、終戦時の動静、全部知っている。
  米内提督が戦争犯罪者に指定されることは絶対にあり得ない」
                                           GHQの中の人
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    | この人も、終戦へ向けて散々に頑張ったもんな…
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         | そして、常に戦争遂行派による暗殺の危機に晒されていた。
         | あの時期の終戦工作は、臆病者には決してやれないんだ。
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| 鈴木貫太郎元首相にも、おとがめはありませんでした。
| なお、彼の自宅は8月15日に講和反対派によって襲撃を受け、消失しています。
| そして、終戦から3年後の1948年… 米内光政と同じ年に病死しました。
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 「戦争に負けると言うことは、国が滅亡することではない。
  国民が健在である限り、必ず国家は復興できるのだ」
                       鈴木貫太郎
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    | 本当に、終戦ってのは命懸けの仕事だったんだな…
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         | 鈴木首相も、東郷外相も、米内海相も… 全員が、部下に「私が死んだら後は頼む」と言ってる。
         | 自分が暗殺されるのを覚悟の上で、終戦工作を進めてたんだよ。
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| 小澤治三郎元海軍中将も、戦犯にあたる行為は無く逮捕されませんでした。
| 彼は慎ましい生活を送り、1966年に病死します。
| その葬儀には、アメリカの軍関係者からも花束が届いたとか。
| この人は日本での評判はイマイチですが、アメリカ海軍での評価は非常に高い人でした。
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 「近代戦にふさわしい科学的リーダーシップをそなえた名提督へ」
             アメリカから送られた追悼の花束にあった一節
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    | マリアナで破れ、レイテでは機動部隊を潰され… 敗戦ばっかりの人だったな。
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         | それでも彼の恐ろしさは、戦ったアメリカが一番良く分かってるんだろう。
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| 「マレーの虎」と呼ばれた、山下奉文大将は…
| フィリピンにおける裁判で、「バターン死の行進」やマニラ大虐殺などの責任が問われて死刑判決。
| マニラ大虐殺なんて、この山下大将に責任はこれっぽっちも無いんですが…
| 山下大将は、いっさい弁明しませんでした。
| こうして1946年、軍人としては屈辱的であろう絞首刑となります。
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 「余は今日告訴第一日と同様安らかな気持ちである。
  余は余に対して加へられた非難がすべて事実無根であることを神かけて誓ふ。
  また裁判そのものに関しては敵国将官たる余に対して良心的にして高潔なる錚々たる米軍士官及び名士方が
  弁護人として協力して下さったことについて米国に潔甚の謝意を表したいと考えてゐる」
                                                        山下奉文陸軍大将
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    | 「イエスかノーか」の人だよな。
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         | この裁判を取材してた12人の外国人記者は、全員が山下大将は無罪だろうと予測していた。
         | 彼の弁護士を務めたアメリカ人も、「我々(連合国)は復讐的であり偽善的であった」と述べてる。
         | まあフィリピンだし、頭に「マ」の付く某アメリカ大将も絡んでるし…
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| こんな風に、各国で行われたB・C級戦犯の裁判はひどいものでした。
| 被告となったのは5700人、うち死刑が920人。弁護もまともに付かなかったのも多かったとか。
| なお、A級戦犯で死刑になったのは以下の7人。靖国神社が、彼等を合祀したのはご存知の通り。
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 ・板垣征四郎 ・木村兵太郎 ・土肥原賢二
 ・東條英機 ・広田弘毅 ・松井石根 ・武藤章
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    | 靖国神社について解説はしないのか…?
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         | キリスト教的世界観が理解できなければ十字軍が分からないように、
         | 神道的世界観が分からなければ靖国神社は分からない。
         | 「神」の概念からしてキリスト教の「GOD」とは全く違うからな。
         | そういう訳で、ここでは扱わない。
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| 「極東裁判」というセレモニーが終わり… そして、1つの戦争の時代が終わります。
| 日本国民は、敗戦という事実とGHQによる統治を受け入れました。
| こうして、太平洋戦争は終わったんです。
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 国民が、比較的素直に敗戦を受け入れた理由
  ・天皇が降伏を宣言した。
  ・従来の行政統治機構が生きていた。
  ・占領してきたアメリカ人が鬼畜ではなく、むしろ良い人達だった。
  ・食糧問題等、暮らし向きが格段に良くなった。
  ・財閥解体等、GHQは国民の喜ぶ改革にも着手した。
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    | 進駐アメリカ人による犯罪が相次いだのに、それでも良かったのか…?
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         | そういうのを考慮しても、戦時中よりマシだと思ったんだろ。
         | 誇りが無いとか情けないとか言うなかれ。
         | 戦時中も戦後混乱期も体験してない俺達に、ゴチャゴチャ言う資格は1mmもない。
         | 高度成長の恩恵受けて、美味しい飯食って、暖かい布団に入って…
         | それでいて、「当時の日本人は誇りがない」なんざ… 厚顔無恥にも限度があるぞ。
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| そして世界に永遠の平和が訪れ――ません。
| 1948年、スターリンがベルリンを封鎖。翌年には、ソ連の手により東ドイツが独立します。
| ソ連以外の連合国… 米英仏の3国は、対抗して西ドイツを建国。こうして西側と東側の対立は深まっていき…
| そして1950年6月25日、北朝鮮軍が突如として38度線を越え韓国に侵攻。
| 以後40年に及ぶ資本主義陣営と共産主義陣営の大戦争… 「冷戦」が始まりました。
| 「第二次世界大戦」という戦争の終わりは、新たなる戦争の始まりでしかなかった訳です。
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    | そして、朝鮮戦争、キューバ危機、ベトナム戦争…
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         | その「冷戦」も、1990年代初頭に終わりを告げた。
         | それでも冷戦の遺産による紛争は絶えず、対テロ戦争の流れが訪れる…
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| さて、太平洋戦争史の講義はこれで終わりです。
| 水雷戦隊とか、潜水艦とか、未完成兵器とか・・・
| もっと取り上げたい事もあったんですが、多くを割愛せざるをえませんでした。
| そろそろ、私も単なる後ろギコに戻ろうと思います。
| 最後まで講義を聞いてくださった方々、誠にありがとうございました。
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  第二十五回兵器史・THE LAST BATTLE(なつやすみ特別企画・太平洋戦争史18)

                        完
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    | 本当に長かったな…
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         | 次回からは、超マターリペースの通常講義に戻ります。
         | 何か要望があれば、遠慮なくどうぞ。
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