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| さて、世界の歴史と言っても…
| あんまり昔の事は置いといて、第一次世界大戦あたりからやっていこうと思います。
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『軍事から見る世界の歴史』
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| いきなり20世紀… 豪快に飛ばすモナね。
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| 仕方ない、あくまで近現代の軍事を扱うからな。
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| とは言え、20世紀に至るまでの情勢を完全無視してはおけません。
| 各国の第一次大戦までの事情を、サラッとやっときましょうか。
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『軍事から見る世界の歴史』
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| サラッとモナね。
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| サラッと。あくまで、サラッとな…
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| …と、その前に。歴史を学ぶのに欠かせない、『宗教』について。
| 今の日本人は、『宗教』に関して余りに無知です。
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| 日本人は、無神論者って良く言われるモナね…
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| ところが、その認識自体が日本人の宗教に対する誤解を象徴してるんだよ。
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| 宗教ってのは、特定の神を崇める、っていう狭義のものじゃないんです。
| 文化や習俗、習慣こそがすなわち宗教なんですよ。
| その意味で、日本人は仏教徒で充分通じます。
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| そうモナか…? 良く分からないモナ。
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| 例えば… モナー君は、墓石に何の躊躇も無くキックできますか?
| やれたとしても、何となく罪悪感が漂うでしょう。
| 単なる石のはずなのに、何故でしょうかね?
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単純に考えれば、墓石といえども単なる高級な石。
しかし、それに死者を重ね合わせている。
これは全く科学的な考えとは言えないにもかかわらず、多くの日本人に浸透している。
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| …なるほど。そういう訳で、宗教は習俗モナか。
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| あと、他人を意味も無しに殺しちゃいけないとかな。
| 宗教ってのは、そういう無意識に刷り込まれたもんなんだよ。
| 特定の神様がどうのってのは、極めて視野の狭い認識だ。
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| 『日本人はキリスト教でも無いのにクリスマスを祝う』とか、あらゆる意味でバカな言い草ですね。
| 仏教特有の『他の神様も積極的に取り入れるよ』感を理解していれば、こんな発言は出来ないはず。
| 日本人は、宗教的な許容性が極めて高いんですよ。
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| 『ヨソの神様でも、何となく拝んでおくか』的な考え方はあるモナね。
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| 『コレはウチの神様とは違う!』とか抜かして、
| 他国の宗教物をぶっ壊す奴等よりは数段マシだ。
| 無理解の影響もあるとは言え、日本の宗教的多様性や許容性は美徳とも言える。
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| さて、人に安らぎを与え、政治的な道具にもされる宗教。
| 大きく分けて、2タイプあります。
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・一神教:(基本的に)全知全能の唯一神が存在。
→ユダヤ教・キリスト教・イスラム教
・多神教:様々な神様が存在。自然に神が宿っているという考えが一般的。
→仏教・神道(しんとう)・ヒンドゥー教
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| 一神教と多神教… 仏教は、多神教モナね。
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| 厳密に言うと仏教に神はいないが、便宜上は多神教に入る。
| というか、『神』という呼び方がそもそも問題なんだが…
| そこら辺は、先の講義でやるだろ。
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| それぞれの傾向は、こんなとこですかね…
| まあ絶対的なものではないので、話半分で。
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・一神教:厳しい環境であったり、不遇な民族の間に生まれ易い。
『いつか救世主が現れ、自分達をこんな境遇から救い出してくれる』
という想いが発祥のきっかけか。
・多神教:比較的、豊かな環境の地域に生まれ易い。
自然の恵みに感謝し、万物に神が宿るという考えが発祥のきっかけか。
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| なるほど。確かに、そんな感じモナね。
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| 板書はあくまで傾向であり、1つの考え方に過ぎない。
| これを全ての宗教に当て嵌めるのは、ちょっと危険かもな。
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| さて、では講義の本筋に突入しましょう。まずはヨーロッパ。
| あの地域に古代文明が出現したのは、B.C.3000年頃です。
| で、ペルシャやらギリシャやらが散々にモメた挙句、ローマ帝国がヨーロッパに君臨します。
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・ローマ帝国
イタリア半島に現れた都市国家が起源。
滅ぼした国家の民族をローマ人として自国に組み込み、大帝国を築いた。
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| ギリシャは無視… また、大幅にはしょったモナね。
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| ローマ帝国の強さの秘訣は、寛容さなんだ。
| 抵抗するとボコボコにされるが、素直に従えば凄く寛大なんだよ。
| また建築力の凄さは、イタリア人にも受け継がれてる。
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| で、マケドニアやらカルタゴやらの強豪国家を併合したり滅ぼしたりする訳ですが…
| この頃の陸上戦闘は、歩兵同士の激突がメインでした。
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・歩兵
あらゆる陸上戦闘の核であり、最も重要な要因。
この時代は、大型の盾を携えた重装歩兵が主流。
機動性の高い騎兵に、側面を突かれると脆い。
・騎兵
馬に乗った兵士。
偵察や襲撃に活躍するが、あくまで戦場の主役は歩兵であり、補助程度の役割。
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| 騎兵、扱いが意外と低いモナね…
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| これは、この時代の認識だからな。
| 当然、時代の流れによって変化していくぞ。
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| 一方、この時代の海戦は、ガレー船というのものを用いていました。
| 中でも、ローマ帝国の三段櫂船が有名ですね。
| 衝角を敵船にブチ当て、相手の船に乗り込んでの斬り合いが主流でした。
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・ガレー船
船体の両脇に、多くのオールが並んでいる船。
・三段櫂船
言わば、デカいガレー船。
詰め込む人数が増える為、その分戦力もUPする。
・衝角
船の先っぽに取り付けられた、体当たり用の武装。
これで敵船をブチ破るのが、当時の海戦の主流。
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|この時代は、まだ大砲は無かったモナね…
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| 当時の海戦は、船員(水兵)同士の白兵戦がメインだ。
| 大砲を搭載するようになってからも、信頼性の問題で、
| 19世紀頃までの軍艦は衝角を装備していた。
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| では、本筋に戻りましょう。
| 「ブルートゥス、お前もか」というローマ最大の見せ場も盛大にブッ飛ばし、駆け足でいきます。
| ローマ帝国の勢力盛んなB.C.4年、以後の人類に最も影響を及ぼした男が生を受けました。
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イエス・キリスト
B.C.4年(諸説あり)、ローマ帝国の属州パレスチナで生まれる。
西暦30年頃に処刑。
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| また、えらく適当な人物紹介モナね。
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| 『イエス』は個人名、『キリスト』は救世主って意味だ。
| 史学などでは、彼を『イエス』と表記する場合が多い。
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| 彼の生まれた中東地方では、ユダヤ人によるユダヤ選民思想… ユダヤ教が盛んでした。
| では、あの辺にいたユダヤ人とは何者なのでしょうか…?
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神話の時代から、エルサレムという都市を中心とした古代イスラエル国家が存在。
その国の民を、ユダヤ人と呼ぶ。
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紀元前586年、国家そのものはバビロニアに攻められて滅亡。
ユダヤ人の何割かが、エルサレムの地に戻って生活。
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紀元前63年、ローマ帝国がエルサレム地方を支配。
ユダヤ人はローマに対して反乱を続け、ブチ切れたローマ帝国によってエルサレムを追い出される。
こうして彼等は世界中に散り散りとなり、後にユダヤ人がこの地に再び国家を築くのは1948年。
ローマ帝国は、この地にユダヤ人の嫌いな人種の名前『ペリシテ人』にちなみ、パレスチナと名付ける。
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| 1948年… 2000年間も、不遇の時代を送ったモナね。
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| 積年の恨みからか、現代イスラエルの暴れっぷりは尋常じゃないな。
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| ユダヤ人の正確な定義は、『ユダヤ教を信じる者』なのですが…
| 定義が循環してしまうので、ここでは棚に上げておきます。
| とにかくそういう訳で、イエスの生まれた地域にはユダヤ人がいっぱいいました。
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・ユダヤ教
ユダヤ人の信仰していた宗教で、古代の中近東で生まれた。
唯一神ヤハヴェを信仰する一神教で、救世主の登場を待っている。
その発生には、ユダヤ人の不遇さが影響しているのだろうか。
聖典は(基本的に)旧約聖書。キリスト教、イスラム教の前身でもある。
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| ユダヤ教を信じるのがユダヤ人。するとユダヤ教は…
| あれ? ユダヤ教以前は?
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| もう、神話の領域だな。
| あと、キリスト教とイスラム教の根が同じって事に驚く人もいると思うが、
| 彼等の信じる神も実は同一なんだよ。解釈が違うんだ。
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| それで、イエスはユダヤ教… 特に、その中のパリサイ派を批判しました。
| 彼等の腐敗ぶりは、目に余るものだったようです。
| イエスは、『神とは人を裁く存在ではなく、全ての者に愛を与える存在だ』と説きました。
| その結果は、皆さんも知っての通りですね。
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イエスは神の子を偽ったとされ、ユダヤの裁判に掛けられる。
十字架に磔にされ、処刑。
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| まあ、有名な話モナね。
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| ユダヤは、神の子イエスを殺した民族…
| そんな考えも、この件で根付いちまった。
| それが全てとは言えないが、ユダヤ迫害の一要素とは言えるだろう。
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| で、それを何もせずにただ見ていた弟子達。彼等は自分達の駄目っぷりを有耶無耶にする為、
| 『イエスは全人類の罪を背負ってくれたのだ』と、意味の分からない事を言い出します。
| 処刑の3日後に、イエスが復活したとか壮大なフカシまでこいてね。
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| こいつ、今やばいことを…
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| 俺は何も聞かなかった。
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| そういう訳で現代のキリスト教ってのは、彼の弟子によって広められた教えが起源なんですね。
| 新約聖書も、弟子達の手紙の寄せ集めを何度も改竄したものです。
| 当のイエスの教えがどんなんだったかってのは、もう分からないんですよ。
| だから様々な異説が現れ、『異端』として葬られていくんです。
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イエスの弟子により、初期キリスト教運動が起こる。
→キリスト教誕生。しかし、ローマ帝国によって迫害される。
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| ローマ帝国って、宗教には寛大じゃなかったモナか?
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| 最初は容認してたんだが、キリスト教の勢力は放っておけるレベルじゃなくなった。
| これ以上の勢力拡大を恐れたんだよ。
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| さて、ローマ帝国の話に戻りましょう。
| 西暦300年ほどになると、流石にこの大帝国も傾いてきました。
| 細かい原因は多々あるんですが、いいかげん体制にガタがきたってのが実際のとこでしょう。
| 600年以上も続いたんですから、大したものですよ。
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この時代、キリスト教の勢力はさらに拡大。
結局、コンスタンティヌス帝がミラノ勅令を発布、キリスト教を保護。
西暦380年には、ローマ帝国の国教に。
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| 掌を返したように、キリスト教を認めちゃったモナね。
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| それだけ、キリスト教勢力が凄かったんだ。
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| とうとう、この大帝国をたった1人の皇帝では維持できないレベルまで来てしまいました。
| そこでテオドシウス1世は、死に際にローマ帝国を2つに割り、それぞれを2人の息子に分け与えます。
| こうして、ローマ帝国は東西に分裂します。
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・西ローマ帝国(395年〜476年)
首都はローマ。
・東ローマ帝国(395年〜1453年)
首都はコンスタンティノープル。
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| 東西分裂…
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| 生没年を見れば分かる通り、両帝国の運命は見事に正反対だ。
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| この少し前の時期、世界一ィィィなゲルマン民族がヨーロッパに流入して来ました。
| 彼等は北欧に住んでいたのですが、騎馬民族に住処を追われちゃったんですよ。
| こうして、ゲルマン民族はローマでの暮らしやキリスト教の考えに馴染んでいきます。
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・ゲルマン民族の大移動
4世紀頃、フン族という騎馬民族が北欧に進出。
元々の住人のゲルマン民族は南下し、ローマに入ったり独自に建国したり。
ローマ帝国では、傭兵としても活躍。ちなみに、ゲルマン民族とは現在のドイツ人。
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| ドイツ人の傭兵は凄いってよく聞くモナね…
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| ちなみにこのフン族、詳細は不明なんだ。なんかメチャクチャ強かった事と、
| 当時の中国にもちょっかい掛けてた事くらいしか分かってない。
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| フン族はこの後、西ローマ帝国や東ローマ帝国に攻撃を仕掛けますが…
| 撃退されたり、説得されて退いたり… 最後には、唐突に歴史から姿を消してしまいます。
| この当時の西ローマ帝国や東ローマ帝国は、こんな感じですね。
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・西ローマ帝国(395年〜476年)
内部権力闘争に明け暮れ、超ヤバイ。
さらにゲルマン民族に国をボロボロにされ、風前の灯火。
・東ローマ帝国(395年〜1453年)
人口も多く、産業的にも政治的にも安定。
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| 随分、差が出ちゃったモナね…
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| 互いに、『我こそが正当なローマ帝国なり!』とか思ってたようだがな。
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| で、476年に西ローマ帝国は滅亡。
| 一方、東ローマ帝国は繁栄したまま存続します。
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・西ローマ帝国(395年〜476年)
ゲルマン人の傭兵隊長オドアケルの反乱により、ロムルス・アウグストゥルス帝が廃位。
短い歴史に幕を下ろす。
・東ローマ帝国(395年〜1453年)
ゲルマン人の侵攻を退け、発展。
・フランク王国(5世紀頃〜843年)
ゲルマン民族の大移動後、彼等によって打ち立てられた王国。
ローマ帝国が没落していくにつれ、ヨーロッパで最大の国家に。
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| あっ、新興の国が。
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| ゲルマン民族が築いた国家だ。
| この後、メキメキ力を付けていくぞ。
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| そして、東ローマ帝国も時代の流れと共にヤバくなっていきました。
| ローマ教皇は衰退していく東ローマ帝国を見捨て、フランク王国に目を付けます。
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・東ローマ帝国(395年〜1453年)
南から押し寄せてきたイスラム帝国と激突。滅亡寸前まで追い込まれたが、何とか勝利。
その後に内部でモメまくり、ローマ教会に見放される。
・フランク王国(5世紀頃〜843年)
東ローマ帝国を見放したローマ教会は、勢力盛んなフランク王国に目を付ける。
西暦800年、フランク王国のカール大帝は西ローマ帝国皇帝の称号を受けた。
・イスラム帝国
南から、ヨーロッパを圧迫。
特定の帝国ではなく、イスラム勢力という意味で扱う。
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| 西ローマ帝国皇帝の称号?
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| ローマ帝国の正当なる継承者って言っちゃったんだ。
| 東ローマ帝国そっちのけでな。
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| しかし… そのフランク王国は、843年に分裂してしまいます。
| カール大帝が西ローマ帝国皇帝となった、たった43年後の出来事でした。
| こうして事実上、フランク王国は滅亡します。
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・東ローマ帝国(395年〜1453年)
先細りしながらも、頑張ってますよ。忘れないでね。
・東フランク王国(843年〜911年)
現在のドイツ地域で、ルードヴィッヒ王が治める。後に、神聖ローマ帝国に。
・西フランク王国(843年〜987年)
現在のフランス地域で、シャルル王が治める。後に、フランスに。
・中部フランク王国(843年〜900年頃)
現在のイタリア・中部フランスで、ロタール1世が治める。
→ロタール1世の死後は、東と西で分割。
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| ちょっと目を離すと、すぐ分裂したがるモナね…
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| ルードヴィッヒ王、シャルル王、ロタール1世…
| カール大帝の息子、ルートヴィヒ(ルイ1世)の3人の息子達だ。
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| そして、こうなっていきます。
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・東ローマ帝国(395年〜1453年)
ローマ教会と仲が悪くなりましたが、まだまだ終わりません。終われません。
・ザクセン朝 〜〜→ 神聖ローマ帝国
後継者の死により滅亡した東フランク王国に現れた国家連合体。
ローマ教会に手を貸した事により、オットー1世がローマ皇帝の称号を得る。
以後は様々な国家名称の後が変遷し、神聖ローマ帝国で落ち着く。
・フランス王国(987年〜現在)
987年、後継者の死により西フランク王国が滅亡。
王室の分家ユーグ・カペーによりフランス王国に。
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| おお、やっと現在も存在する国が!
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| 正確に言うと、体制は何度も変わってるんだがな。
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| 1066年には、フランス王国のウイリアム1世がイングランドを征服します。
| 後のイギリスですね。フランスとの関係は、非常にややこしいんですが…
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ウイリアム1世は、王としてはフランス王と同格。
ギョーム自身は、フランス王の臣下。
※ウイリアム1世とギョームは同一人物。
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| …フランスの臣下が王? 結局、当時のイングランドってどうなってるモナ?
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| 政略結婚も絡み、さらに意味の分からない事に。
| フランスにもイングランド領があるんだが、それが百年戦争のきっかけになるんだ。
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| この時代は、騎兵が一番輝いていた時代でもありました。
| 歩兵では、装備を固めた重騎兵に対抗する事は難しかったんです。
| しかし… 長弓の登場が、その優位を覆してしまいました。
| 後の百年戦争で、イングランド軍の弓兵が、フランスの騎兵をブチのめすんです。
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・歩兵
騎兵に後れを取っていたが、騎兵が没落する事によって戦場の主役に返り咲き。
・騎兵
花形だったが、弓兵の登場により没落。
以後は軽装で、より機動力を増す事が優先される。
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| 騎兵… 弓矢には弱かったモナね。
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| メチャクチャ目立つし、的もデカいからな。
| だが、騎兵の没落って言っても、その権威は消えてなくなった訳じゃない。
| 以後は時代に合わせて変化していくんだよ。栄光と伝統の兵科だからな。
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| で、海の話になりますが… この時代になると、すでに帆船が登場しています。
| また信頼性は低いものの、大砲を軍艦に搭載するようになりました。
| こうして、軍艦は遠距離攻撃も可能になったんです。
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・帆船
その名の通り、帆を張った船。
漕ぎ手がいらないので積載量に余裕が生まれ、その分兵器を多く載せる事が出来る。
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| 大砲で撃ち合いモナね。
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| 派手に大砲をぶっ放しつつ敵艦に接近、
| そのまま敵艦内に乗り込んで白兵戦ってのがこの時代の王道だな。
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| そして、時代は11世紀。ヨーロッパ内部では戦力が均衡し、情勢は安定してきましたが…
| めっきり影の薄くなった東ローマ帝国は、イスラムにボロボロにやられてしまいます。
| そこで東ローマ帝国は、仲が悪かったはずのローマ教会に助けを求めました。
| なりふり構ってられなかったんですね。
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・十字軍
イスラム教国からの聖地エルサレムの奪還を理由に派遣した、大規模な遠征軍。
各国の利害が一致し、ヨーロッパの多くの国が参加。
全部で8回(異説あり)行われた。
当然ながら、イスラム側からすれば侵略軍以外の何者でもない。
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| 互いに、互いを侵略軍とみなしてたモナね…
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| そして、どっちも真実なんだ。
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| 東ローマ帝国皇帝アレクシオス1世コムネノスが、1095年にローマ教皇ウルバヌス2世に救援を依頼。
| その際、ウルバヌス2世は各国諸侯にこう演説したそうです。
| やっぱり、隣人愛を説く聖職者のお言葉は違いますね。
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「あなたたちは、東方にいる同胞達に大至急援軍をおくらねばならぬ。
ペルシアの住民なるトルコ人が教会を破壊し、神の国を荒らし回っている。
あの忌まわしい民族を我々の土地から根絶やしにしろ!」
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| うわぁ…
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| まあ、そういうもんだ。
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| 8回に渡る十字軍の派遣の結果、10万人以上のイスラム教徒がブチ殺されました。
| ヨーロッパ内での戦争はなぁなぁでしたが、この時ばかりは異教徒が相手。さぞかし盛り上がったでしょう。
| なんかエルサレムの地元住民も一杯死にましたが、神はキリスト教徒を救うはず。
| 死んだヤツはキリスト教徒ではなかったって事で、何も問題はありません。
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『戦争は貴族のスポーツ』
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| 板書の通りならば、戦争ですらなかったって訳モナね…
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| あと、ユダヤ教徒も虐殺されてるぞ。
| なんせ、キリスト殺しの民族だからな。
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| また第4回十字軍は、なぜか東ローマ帝国の首都コンスタンティノープルを征服してしまいます。
| あわれ、東ローマ帝国はいったん断絶してしまいました。
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・第4回十字軍(1202年〜1204年)
ローマ教皇インノケンティウス3世の呼びかけにより派兵、目標はエジプト。
その途中でキリスト教国であるハンガリーを攻撃、教皇がキレる。
その後に東ローマ帝国の首都コンスタンティノープルを征服、虐殺を行う。
後に東ローマ帝国は首都を奪還するが、大いに衰退。
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| …なんで?
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| 下心まるだし。
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| 少年少女で結成された少年十字軍が、
| そっくりそのまま奴隷として売り飛ばされるという事件もありました。
| さすが神の軍隊、職業の貴賎無くご加護がありますね。
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・少年十字軍
1212年、フランスの熱心な信仰心を持つ少年少女によって結成された十字軍が、
船を斡旋した商人に騙され、奴隷として売り飛ばされた。
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| ひどいモナね…
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| 本当にひどい話だ。
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| 話が横道に逸れますが、ハーメルンの笛吹き男という話は知っていますか?
| これは事実を下敷きにした話なんですが、
| 元ネタになった事件の犯人は新兵徴募官ではなかったかという説があります。
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・ハーメルンの笛吹き男
鼠の発生に悩んでいたハーメルンに笛吹き男が訪れ、鼠退治と引き換えに報酬を受け取る約束をした。
彼が笛を吹くと、大量の鼠がおびきよせられ、そのまま鼠達は川に飛び込んでいった。
人々は約束を破り、彼に報酬を払わずに街から追い出す。
彼は数週間後に戻ってきて、再び笛を吹いた。
その音を聞いた子供達がフラフラと家を出て、そのまま子供達は戻ってこなかった。
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| 事実が下敷き…? 不気味な話モナね…
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| 事実の方は、ネズミ捕りうんぬんの話はない。
| 1284年(諸説あり)のハーメルンに奇妙な男が現れ、
| その直後に子供達が集団で行方不明になったって話だ。
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| さて… そんなムチャクチャさもあって、十字軍は大失敗しました。
| 結果的に、ローマ教皇の権威が低下します。
| それをきっかけに、ヨーロッパの安定したパワーバランスが崩れてしまいました。
| そんな中、イングランドVSフランスによる百年戦争が起きてしまいます。
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・百年戦争
1337年、イングランド国王エドワード3世がフランスに対して宣戦布告。
以後1453年まで、両国は戦争状態に。
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| 百年戦争… 有名な戦争モナね。
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| 戦争は貴族のスポーツ、王族の果し合いだったからな。
| 今の戦争とは意味合いがかなり違うんだが。
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| イングランドは、まずフランスの艦隊を破り、そのままフランスの西半分を占領。
| 代替わりしつつ、両国は戦争を続行します。
| 窮乏していくフランスに現れた救世主、それはジャンヌ・ダルクでした。
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・ジャンヌ・ダルク(1412〜1431)
百年戦争における、フランス勝利の立役者。
必要がなくなると、魔女として火刑に処せられた。
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| 必要が無くなると… って、捻りも何も無い板書モナね。
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| だって、実際そうだったんだよ。
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| 彼女は包囲されたオレルアンにて、フランス軍を打ち破ります。
| 当時の戦争ってのは、休憩時間があったり、夜は休みだったりと、物凄くのんびりしたものでした。
| 彼女の率いた軍はそういう慣習を無視し、昼夜を問わずかなり無茶苦茶な攻め方をしたようです。
| ジャンヌ・ダルク軍の強さは、その辺にあったと言われていますね。
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ジャンヌ・ダルクの活躍により、フランスの勝利はほぼ確定。
彼女は、イングランドの完全打倒を目指す。
しかし、当時のフランス王シャルル7世はイングランドと和解したがっていた為、彼女が邪魔者に。
その結果、ジャンヌ・ダルクはイングランドに売り渡され、処刑。
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| 19才の女の子相手に、なんとも大人気ないモナね…
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| 1456年には、復権訴訟にて名誉回復。1920年には聖女に認定されてる。
| 処刑後も、戦場での彼女の目撃談は絶えなかったそうだ。
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| 1453年、イングランドは百年戦争に敗れ、大陸から撤退しました。
| しかし、次の戦争のために。次の次の戦争のために。
| この戦争の終結は、薔薇戦争の勃発の火種でもありました。
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・薔薇戦争
百年戦争の敗北による、イングランド内部での反乱。
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| 次の戦争のために。次の次の戦争のために。
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| 次の戦争のために。次の次の戦争のために。
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| さて、その間にイングランドとフランス以外はどうなっていたか…?
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・東ローマ帝国(395年〜1453年)
1453年、オスマン帝国にひっそりと滅ぼされる。
・神聖ローマ帝国
先行きに不安を感じつつも、存続。
・オスマン帝国(1299年〜1922年)
イスラムの流れを汲む、新興の多民族帝国。
強大な力を誇り、南部からヨーロッパを脅かす。
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| あっ、東ローマ帝国、滅びた…
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| スペインやポルトガルも忘れちゃいけないな。
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| サクラのギコ君の言う通りですね。スペインやポルトガルも力を蓄え…
| そして、大植民地時代が訪れます。ヨーロッパ勢の世界進出ですね。
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大航海時代 = 大植民地時代のカッコ良い言い方。
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| 板書… また、問題発言を…
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| 俺は何も聞かなかった。
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| そもそも、何故海洋へ進出したのか… それは、新しい貿易ルートの構築なんです。
| 既存の海路は、オスマン・トルコ帝国が関税をかけまくってきましたからね。
| インドへ向かうのに、地中海を通らないルートが欲しかったんですよ。
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さらに、航海技術の発達が後押し(羅針盤などの発明、船の発達など)
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| 単なる冒険心じゃなかったモナね。
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| 利益が無いと、人は簡単に冒険に出ないわな。
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| そんな中、1492年にスペインのコロンブスがアメリカ大陸を発見します。
| 彼は生涯、そこをインドだと疑いませんでしたがね…
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・クリストファー・コロンブス
イタリア生まれの冒険家。
アメリカ発見時は、想像以上の航海の長引きにビビっていたようだ。
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| 意欲に(1492)燃えたコロンブス。
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| インド人もびっくり。
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| さて、コロンブスは世界は丸いので、西へ行けばインドへ到着すると主張したのは有名。
| 当時の人々は、彼の大西洋横断計画を批判したのも周知ですが…
| なぜ、当時の人々は反対したのか知ってますか?
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・クリストファー・コロンブス
イタリア生まれの冒険家。
アメリカ発見時は、想像以上の航海の長引きにビビっていたようだ。
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| そりゃ、地球が丸いなんて信じられなかったから…
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| その認識は、当時の人々を甘く見てますね。
| 彼等は、『ヨーロッパから西回りでインドに到達するのは、余りに距離がありすぎて不可能だ』と批判したんです。
| 地球が丸い事は理解していて、そこから距離の概算も正確に出来ていたんですよ。
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インドに到達するには、大西洋〜アメリカ大陸〜太平洋〜東南アジアに至るまでの距離を
越えなければならなかった。
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| そうだったモナか…
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| 結果的に、コロンブスはインドに着いていない。
| アメリカ大陸を発見したのも、怪我の功名ってやつだ。
| 当時の人々のコロンブスへの批判は、的を射てたんだよ。
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| それでも、コロンブスの発見は偉業には違いはありません。
| 1492年にはコロンブスによってアメリカが発見され、
| そして1543年にはフランシスコ・ザビエルによって日本が発見されました。
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| 日本が発見って… ずっと前からあったモナァ――ッ!!
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| でも、あっちじゃそういう認識なんだよ。
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| そういう訳で、ヨーロッパ人は到る所で虐殺や略奪を開始、植民地化していきます。
| キリスト教じゃない連中なんぞ、サルも同然ですからね。そりゃ、銃を持つ手に力もこもるでしょう。
| まあ、サルに人間らしい習慣を教えてやる、慈悲深い白人もいましたがね…
| 労働をさせ、文明的な生き方を教えてやっているというのがスペイン人の感覚でした。
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この時期、壊滅した文明は数知れず。
アメリカを始めとした様々な地の先住民達は、独自の文化を断絶させられ、
ヨーロッパという枠に組み込まれていく。
また白人が持ち込んだ疫病が、免疫の無い彼等の命を奪っていった。
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| もう、メチャクチャモナね…
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| だって、人間じゃないんだもん。
| いや、当時の白人にとっちゃ、マジで。
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| さて… その頃のローマ教会でも、とんでもない事態が起こっていました。
| この当時の教皇レオ10世は、免罪符というのを売り出してたんです。
| それに限らず、当時のローマ教会は腐敗しまくってたんですがね。
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・免罪符
これを持っていれば、貴方も天国行き。
もうすぐ死にそうな貴方も、当分死にそうにない貴方も、ぜひお手許へ。
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| うわッ、超サギ商品モナね…!
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| 組織は必ず腐る… そういうもんだ。
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| ふざけんな! テメェのやってんのは、もはやキリスト教じゃねェ――ッ!!
| とばかりにブチ切れた人物がいます。それが、マルティン・ルター神学教授。
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・マルティン・ルター
ローマ教会の腐敗に対し、「95箇条の論題」を発表して猛抗議。
彼の運動の結果、プロテスタント(新教)が登場する。
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| プロテスタントの発祥元モナね。
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| 英語読みで、マーチン・ルーサー。
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| ルターに同調した人達が次々に立ち上がり、「正しい聖書認識をしる!」と叫びました。
| 当然、従来のローマ・カトリック教会も黙ってはいません。
| 激しい論戦が繰り広げられ、ルターの同調者はプロテスタント(抗議する者)と呼ばれました。
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この後、プロテスタントは勢力を拡大してローマ・カトリックから分派。
キリスト教は、カトリック(旧教)とプロテスタント(新教)に分裂する。
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| キリスト教まっぷたつ…
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| ローマ・カトリック教会もこのままじゃ駄目だと悟り、
| 教義に忠実なイエズス会を結成するんだ。
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| で、両者とも信者の拡大に躍起になる訳なんですが…
| カトリックは、もはやヨーロッパでの勢力拡大は不可能。
| そこでイエズス会は、新大陸やアジア諸国へ布教に乗り出します。
| 日本で馴染みの深いフランシスコ・ザビエルも、イエズス会の一員ですね。
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| こうして、ザビエルは日本を『発見』したモナね…
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| 日本での布教は、上手くいかなかったがな。
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| そして、この騒ぎに便乗するのがイングランド。
| イングランドは当然ながら国教は従来のカトリックでしたが… カトリックは、離婚を禁じていました。
| そこでヘンリー8世は、アン・ブーリンと結婚する為に英国国教会を発足させます。
| 事実上の、プロテスタントの国教化でした。
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以後、イングランドはカトリックとプロテスタントの狭間でモメるが、
結局はプロテスタントで定着。
ヨーロッパ大陸と、宗教的立場を異にする。
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| 離婚する為って… マジで!?
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| マジっす。ヘンリー8世は離婚と結婚を8回も繰り返した。
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| そして、海洋を我が物にするスペインも発展を続けていました。
| 憎きオスマン・トルコの海軍を打ち破り、地中海を制覇。
| ポルトガルをも併合し、その覇道を阻むものは無い…
| と思いきや、自領のオランダで独立運動が発生してしまいました。
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・オランダ独立戦争
スペイン領であるオランダのプロテスタント勢力に対し、
スペイン王のフェリペ2世は厳しい異端審問を行い弾圧。
1568年、オラニエ公ウィレムがスペインに対し反乱を起こす。
1588年、オランダの独立を実現。以後もスペインとの闘争は続く。
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| 大帝国のスペイン相手に、よく独立できたモナね…
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| オランダ側に、イングランドの女王エリザベス1世が支援してたんだ。
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| サクラのギコ君が口にした、イングランドの女王エリザベス1世。
| 彼女は、元(現?)海賊のフランシス・ドレイクに命じて、スペインの商船を襲わせました。
| それに腹を立てたスペイン王のフェリペ2世は、大艦隊をイングランド征服に差し向けます。
| イングランドVSスペインの大海戦… 世に名高い、アルマダ海戦です。
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・アルマダ海戦
スペインの無敵艦隊を、フランシス・ドレイクの率いる艦隊が打ち破った海戦。
スペインの大型船は威力が高く、射程が短い大砲を装備していたのに対し、
イギリス側は威力が低いが射程が長い大砲を装備していた。
接近しようとするスペイン艦隊に対し、イギリスは距離を置いて戦う。
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| 無敵艦隊… 世界史とかの授業じゃ初出で敗れ、そのまま消滅する艦隊モナね…
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| 名前負けもいいとこだな。
| この戦いの後スペインは没落し、2度と栄光を取り戻す事は無かった…
| そして、『大英帝国に日の沈む所なし』の時代が訪れるんだ。
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| 一方フランスでは、政治的な問題と宗教的な問題が合体し、内戦が勃発。
| 暗殺や虐殺の横行の末、ナントの勅令が発布された事で沈静化します。
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・ユグノー戦争(1562年〜1598年)
フランス国内で発生した、カトリックとプロテスタントの対立に政治が絡んだ内戦。
その結果、ナントの勅令が発布される。
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| ナントの勅令?
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| プロテスタントと、カトリックを差別しないよ、って事だ。
| つまりは、信教の自由を認めたんだな。
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| しかしルイ14世の時代に、この画期的なナントの勅令は廃止されます。
| これが絶対君主制を揺るぎないものにし、それを打破するフランス革命に繋がっていくんですね…
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・ルイ14世
「朕は国家なり」と宣言し、フランスにおける絶対王政を確立した。
幾多の戦争にフランスを導き、徴兵と戦費調達の税金に民衆は疲弊。
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| 結局、廃止されたモナか。
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| そのせいで、フランスはカトリック至上主義に逆戻り。
| 多くのプロテスタントが国外へ逃げ、思想的にも産業的にも停滞する。
| そしてフランス国家そのものが衰退していき、とうとう民衆が…!
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| そして神聖ローマ帝国でも、内戦が勃発します。
| ヨーロッパ諸国に多大な影響を与えた、三十年戦争ですね。
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・三十年戦争(1618年〜1648年)
神聖ローマ帝国内で発生した、カトリックとプロテスタントの対立に政治が絡んだ戦争。
様々な国が肩入れし、神聖ローマ帝国はガタガタに。
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| 神聖ローマ帝国… まだあったモナか。
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| 結果的には、ハプスブルグ家と反対勢力の戦いだったこの戦争。
| 事実上、この戦争により神聖ローマ帝国は崩壊したに等しい。
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| さて、アルマダ海戦でスペインを破った後のイギリスを見てみましょう。
| エリザベス1世の死後、チャールズ1世は議会をないがしろにする行動を取り続けます。
| そんな中、専制政治への反乱が起きるんですね。
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・清教徒革命(1642年〜1649年)
王と議会の間で起きた内乱。
オリヴァー・クロムウェルの率いる議会派が、国王軍を破る。
チャールズ1世は悪足掻きの末に処刑され、イギリスは共和制(国王を設置しないシステム)に。
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| イギリス… イングランドの事モナ…?
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| この時期あたりから、そう呼称しても間違いとは言えなくなる。
| 実際、色々ややこしいんだがな…
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| ところが… 今度は、クロムウェルが権力を振るい始めます。
| 彼の死後も、息子のリチャード・クロムウェルによって独裁体制は続き…
| それに対して議会は、チャールズ2世を祭り上げて対抗します。
| 彼は清教徒革命で処刑されたチャールズ1世の息子で、フランスに亡命していました。
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・王政復古
チャールズ2世は、議会の後押しで王に即位。
清教徒革命による共和制は、早くも崩れ去った。
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| なんか、仁義無き戦いになってきたモナね…
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| 最初から、仁義もへったくれもないがな。
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| ところが… 今度は、チャールズ2世が権力を振るい始めます。
| その跡を継いだジェームズ2世は、議会によって国を追われてしまいました。
| いよいよ、イギリスで本格的な議会政治がスタートします。
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・名誉革命(1688年〜1689年)
議会は権力を振るうチャールズ2世への対抗手段として、
オランダからウィレム3世を呼び寄せる。
ビビったジェームズ2世は、即座に亡命。
誰の血も流れなかった革命なので、無血革命と呼ばれる。
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| なんか、本当に仁義もへったくれもないモナね…
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| 誰の血も流れなかったのは、イングランド内だけなんだがな。
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| そんな中、神聖ローマ帝国の北東にプロイセン王国が出現します。
| ここは神聖ローマ帝国の属する領邦の1つでしたが、王国として認められたんですね。
| このプロイセンは、『兵隊王』と呼ばれたフリードリッヒ1世の元で強大な軍事国家となります。
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「プロイセンは軍隊を持った国家ではなく、国家を持った軍隊だ」
オノレ・ミラボー
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| プロイセン… 後のドイツモナね。
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| このフリードリッヒ1世は、強大な軍事力を築いたものの…
| 他国に戦争を仕掛けようとはしなかった。
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| サクラのギコ君の言う通り、フリードリッヒ1世は富国強兵に専念します。
| そして、その跡を継いだフリードリッヒ2世…
| 彼はフリードリッヒ大王と呼ばれ、大規模な戦争を仕掛けました。
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・七年戦争(1756年〜1763年)
プロイセン VS オーストリア・ロシア・フランスの戦争。
オーストリア継承戦争にプロイセンが介入した事により勃発、プロイセンの勝利に終わる。
実は、ロシア女帝の崩御が無ければヤバかった。
以後、フリードリッヒ大王はロシアやオーストリアと友好関係を築く。
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| 友好関係… 流石に懲りたモナね。
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| この戦争では、イギリスがプロイセンを援助してたぞ。
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| この時期、イギリスはさらに世界中に植民地を広げます。
| 間違いなく、世界最大規模の先進国の座を手中にしたんですよ。
| 植民地のアメリカが独立しちゃいましたが、細かい事は気にしない。
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・アメリカ独立戦争(1775年〜1783年)
アメリカが独立しようとした戦争。
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| うわっ、何て適当な板書…
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| 第一次世界大戦に至るまでのアメリカの歴史は、後の講義で改めてやるぞ。
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| そして18世紀も後半になると、そんなイギリスで産業革命が起こります。
| 私は本当は経済専門であるため、こんな板書で終わらせるのは非常に苦々しいんですが…
| 産業革命について論じると、本が1冊出来ちゃいますからね。
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・産業革命
農業主義から工業主義への移行による技術革新。
この時期、蒸気機関が発明され、鉄道が発達した。
イギリスを発端に、世界中に広まって行く。
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| 産業革命… 国によって、訪れる時期が違ったモナね。
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| イギリスは18世紀、日本は19世紀だな。
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| そして、その頃のフランス。
| 産業革命を起こしたイギリス、独立したアメリカに比べ、フランスは思いっきり停滞していました。
| ルイ16世による、絶対君主制の影響ですね。
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・ルイ16世
凡庸なフランス王。趣味は錠前造り。
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| 錠前作りが趣味…
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| このルイ16世の日記が残ってるんだが、錠前の事以外は『何も無し』ばっかり。
| マリー・アントワネットと結婚した日の日記も、『何も無し』。
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| フランスの民衆は重税に苦しみ、国民に人気のあった財務総監ネッケルがクビになると…
| とうとう民衆はブチ切れ、国王ルイ16世と妻のマリー・アントワネットの首を飛ばしてしまいます。
| ネッケルと違い、文字通りの意味で。
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・フランス革命
1789年、フランスで起こった市民による革命。
バスティーユ牢獄の襲撃から始まり、さらにフランス人権宣言を起草。
そして国民公会によりルイ16世は処刑、フランスは共和制を宣言する。
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| なんか… ルイ16世、ちょっと可愛そうモナね。
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| ちなみに、バスチーユ牢獄に捕らえられていたヤツはたった7人。
| 文書偽造犯が4人に精神障害者が2人、非行貴族が1人。
| 政治犯なんていなかったっていう、全くどうでもいい話だ。
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| このフランスでの出来事に仰天したヨーロッパ各国は、一斉にフランスを敵視します。
| 王の首をハネてしまうという事態が、自分の国で発生したらシャレになりませんからね。
| そういう訳で対仏大同盟が形成され、フランスは国際的に孤立します。
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同時代、フランスは経済面でも危機に。
議会でも権力争奪戦が繰り広げられ、フランス国内は荒れに荒れる。
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| 何か、あんまり先の事を考えずに国王の首を落としちゃった気が…
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| この時期、自由の名の下に粛清とギロチンの嵐が吹き荒れる。
| 「自由よ、汝の名において如何に多くの罪がおかされていることか」
| …処刑されたロラン夫人は、死の間際にそう言い残したそうだ。
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| そんな中、フランスにあの男が現れます。
| 誰もが知っている悲劇の英雄、ナポレオン・ボナパルト…
| 彼はエジプト侵攻の後、議会を停止させて権力をその手にします。
| そのまま皇帝の座につくと、イギリスへ侵攻しました。
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・トラファルガーの海戦(1805年)
イギリス本土に向かってくるフランス・スペイン連合の連合艦隊を、
ネルソン提督率いるイギリスの艦隊が殲滅。
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| 結局、フランスはイギリスに負けたモナか?
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| イギリス侵攻に関しちゃ、そうだな。
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| この時代の海戦は、戦列艦というものが主役でした。
| 木造の船体に100門以上の大砲を並べ、列を作って撃ちまくるんです。
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・戦列艦
海上で陣形を形成し、海戦に臨む軍艦。
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| だんだん、近代的になってきたモナね。
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| 戦列艦は、後の海戦の花形になる戦艦の直接の祖先だな。
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| さて、ナポレオンの話に戻りましょう。
| イギリスとの海戦こそ敗れましたが、ヨーロッパ内ではフランス軍の侵攻は凄まじいものでした。
| オーストリア、プロイセンはボコボコにされ、神聖ローマ帝国は滅ぼされます。
| ヨーロッパは、ほとんどフランスに征服されてしまいました。
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この敗北により、プロイセンは傭兵を使うのをやめ、
フランス式の徴兵方式に改める。
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| 神聖ローマ帝国… まだあったモナか。
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| この時代にもなると、神聖でもローマでも帝国でもないんだけどな。
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| そしてナポレオンは、さらに東のロシアに侵攻するのですが…
| これが大失敗。フランス軍は壊滅的な打撃を受けてしまいました。
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| 有名な、『冬将軍に敗れた』ってやつモナね。
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| ロシアの第一次世界大戦までの歴史は、後の授業でやるぞ。
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| ここぞとばかりに、オーストリアとプロイセンの連合軍がフランスを急襲。
| ライプツィヒの戦いでフランスを破り、そのままパリへ進撃。
| ナポレオンは皇帝の座を引き摺り下ろされ、島流しにされます。
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・ライプツィヒの戦い(1813年)
ドイツ西部のライプツィヒで行われた、フランスとヨーロッパ連合軍の戦い。
激戦の末、連合軍側が勝利。
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| ナポレオン、確かエルバ島に流されたモナね。
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| プロイセンは、史上初めて『参謀』という画期的な制度を活用した。
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| その後、ナポレオンは中央に返り咲きますが…
| ワーテルローの戦いで、ヨーロッパ連合軍に敗北。
| 結局ナポレオンはセントヘレナ島に島流しに合い、そのまま死去します。
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・ワーテルローの戦い(1815年)
ナポレオン率いるフランス VS ヨーロッパ連合軍の戦い。
連合軍が勝利し、ナポレオンは再び没落した。
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| なんか、ナポレオンって可愛そうな人モナね…
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| フランス人もそう思ったんだろうな。
| 結果的に、ナポレオンの名は悲劇の英雄としてフランス人の頭に刻まれるんだ。
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| そしてフランスは結果的に平和になり、イギリスはますます発展していく訳です。
| ここで、ヨーロッパに表面上の安定が訪れる訳ですが…
| しばらく停滞していたプロイセンに、とんでもない男が出現します。
| 周囲に散らばっていたドイツの小国を武力で統合し、ドイツ帝国を打ち立てたビスマルクです。
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・オットー・フォン・ビスマルク
デンマークとの戦争、普墺戦争、普仏戦争に勝ち抜き、ドイツ統一を実現した政治家。
この勝利によって、ドイツの軍事力はヨーロッパ中に注目された。
参謀総長モルトケと共に、その名はドイツの歴史に輝く。
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| 鉄血宰相ビスマルクモナね。
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| この戦勝によって、ドイツ参謀本部の名は世界に轟くんだ。
| 軍を手足のように扱う、不可能など無い存在…
| それまでは、国内でもマイナーな連中だったんだがな。
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| しかし、その参謀本部の存在は、以後のドイツに光明をもたらしませんでした。
| こうしてドイツがその軍事力と行動力ゆえに孤立を深め、いよいよ第一次世界大戦の影が…
| ああッ! またしてもッ!!
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/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|/)/)/)/) スルスルスル…
| また、時間切れモナか。
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| そして、第一次世界大戦前夜に続く訳だな…
| アメリカ、ロシア、中国、日本が第一次世界大戦に至るまでの歴史は、
| それぞれ時間を戻して、次からの講義でやっていくぞ。
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スルスル… ってか、まだ序章も終わってないモナね…
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| 第一次世界大戦からが本番で、
| その国際情勢に至るまでの補足説明のはずだったんだがな…
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